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日本への教訓アメリカ高等教育におけるeラーニング

アメリカ高等教育におけるeラーニング 日本への教訓

A5判 258ページ 上製
価格:3,300円 (消費税:300円)
ISBN978-4-501-61980-0(4-501-61980-5) C3037
奥付の初版発行年月:2003年03月 / 発売日:2003年03月中旬

内容紹介

IT先進国米国の状況を詳細に分析し動向を探る

前書きなど

 「eメール」,「eラーニング」,「eコマース」,「eビジネス」・・・これらはすっかり日本語として定着した.最近では,eメールの「e」をはずした「メール」の方が通用している.ITがInformation Technologyであることを知らなくても,ITはITで通っている.1990年代後半に生まれたこれらの新語は,いずれもインターネットの普及という社会現象のなかから生まれた.このインターネットは,一瞬にして世界をつなぎ,はるかかなたの情報 を収集することのできる便利なものとして,社会のあらゆる側面に拡がった.
 高等教育の世界も然りである.eラーニングもその1つだが,それ以外に英語圏ではOnline Education(オンライン・エデュケーション)が,同様の現象をさす類似の言葉として用いられ,さらには,Virtual University(バーチャル・ユニバーシティ),Campus without Wall(キャンパス・ウィズアウト・ウォール), Wired Tower(ワイヤード・タワー)なども,インターネットが普及した高等教育機関の新しい姿を形容した言葉として登場している.eラーニングやOnline Educationが,インターネットを通じて行われる教授・学習という営為を,対面で行われるそれと対比させて用いたものであれば,virtual(仮想の)やwithout Wall(壁のない)は物理的空間がないことを意味し,Ivory Tower(象牙の塔)を模したwiredは,コンピュータ・ネットワークで空間をつないだ大学をさしている.
 物理的な「場」のあること,人間と人間が対面状況にあることを前提にしてきた教育が,その前提を条件としなくても成立するという事態に,人々は驚き,議論し,それが何ものであるかを究明しようとする.これまで,高等教育の世界は,インフラとしてのテクノロジーは導入されても,テクノロジーを用いて教育する,教育のために何らかのテクノロジーを用いる必要はまずなかった.それが,インターネットは状況を一変させ,上記のような造語を生み出したのである.
 近年のアメリカの高等教育研究においても,ITの問題は捨ておけなくなったようだ.たとえば,ERICのクリアリングハウスの1つにHigher Education(高等教育)があるが,そのなかにCritical Issue Bibliographyという,高等教育の重要な問題に関する文献目録集がある.現在その項目の1つにtechnology in higher educationというものがある.この項目がいつから加えられたかは記されていないが,文献の出版年度をみると,もっとも古いもので1994年までさかのぼることができる.おそらく,1990年代の半ばころから,高等教育研究においてITの問題は研究の対象になりはじめたのだろう.
 ところで,この文献目録集に収録されている諸研究は,何らかの技術を教育に用いたミクロな実践的な研究や,ITの影響力の大きさをマクロに論評風に述べたもの,また,eラーニングを効果的に実施するためのマニュアル的,ハウツー的なものが多く,実際の高等教育の場において具体的に何が生じ,何が問題になり,どのように議論されているのかということを扱ったものは少ない.したがって,高等教育というシステムが,どのように影響を受け,どのように変化しているのかを知りたい私の関心からすれば,どこか隔靴掻痒の感が否めなかった.
 ITのインパクトが高等教育関係者にとってそれほどのものであるのか,そしてそれは,わらわれが当たり前としてきた高等教育の役割や機能に変容をせまるものとなっているのか,ということを知るためには,自分で調べて考えなくてはならないという思いに達したのがスタートだった.いくつかの造語を生み出している社会現象の背後には何があるのか,そこで生起している事実はどのような意味をもつのだろうか,本書を貫く問いはこれである.アメリカ社会を対象にすることは,単に高等教育におけるIT化がもっとも早く進んだ社会であるということだけではなく,渦中から一歩下がって見る立場に自分を置くことになるため,それで見えてくるものがあるだろうし,また,日本の今後を考える教訓も得られると考えた.とはいえ,膨大な事実から何を選び出すのか,それをどのような視点で切るのか,何もかも手探りであった.
 しかし,次々と起こるITをめぐる「事件」は,それだけで十分に興味深いものであった.思いもつかないような「事件」は,Ivory TowerをWired Towerに変えていく様を見るようだった.こうした状況を,Dancing with the Devil(悪魔と踊る)と形容した論者がいるが,当事者にとってはそのようなめまぐるしい変化なのかもしれない.
 本書が,興味深い事実をどこまで冷静に伝えるものとなっているか,心もとないながら,面白いことが起きているアメリカの高等教育の今を知っていただけたならば何よりに思う.

 2003年2月


目次

■概論
序章 eラーニングをみるいくつかの視点
1  アメリカの高等教育におけるeラーニングの伸長とその背景

■組織形態
2  コンソーシアム型バーチャル・ユニバーシティは成功するか
3  企業の大学化と大学の企業化−eラーニングをめぐる市場化の嵐
4  パイは蜃気楼だったのか−撤退が続くeラーニング機関

■構成員
5  学生の社会化はサイバー・スペースでも可能か
6  ITで学生生活はどのように変わったのか
7  教員のいない大学は「大学」か
8  ITは教員を幸福にしているのか
9  新たなスペシャリストの登場

■教育活動
10 変容する大学の学問知
11 講義が「物」になったとき何が起きるか
12 誰が大学の教育内容を担うのか
13 やはり出てきたバーチャル版ニセ学位
14 学位を発行しない「大学」の脅威

■評価
15 ITによる機会の拡大かコストの節減か−政策関係者のジレンマ
16 ITは社会的不平等を拡大するのか
17 eラーニングは収益の源泉になり得るか
18 eラーニングの購入価格は,高いか安いか
19 eラーニングの効果とは何か
20 質の保証はどこまでできるか
終章 進化(Evolution)か革命(Revolution)か

あとがき
索 引


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