大学出版部協会

 

一流の科学者が書く英語論文

一流の科学者が書く英語論文

A5判 232ページ 並製
価格:2,860円 (消費税:260円)
ISBN978-4-501-62500-9 C3045
奥付の初版発行年月:2010年01月 / 発売日:2010年01月中旬

内容紹介

生命科学を題材にした英語論文の書き方、学会発表の仕方、編集長や論文審査員への手紙の書き方のガイドブック。長年、日本人の英語を添削してきた著者が、日本人が犯しやすい誤りや科学者としての心得などを説く。論文や手紙の執筆にすぐに役立つ模範的な例文や、科学者の品位が疑われるような悪文を数多く収録。英語の基となったラテン語やギリシャ語など語源的な解説も多く、科学英語の習得が楽になる。新たな課題として、利益相反、患者のプライバシー、悪意のある攻撃、捏造問題などに対処する方法を伝授。

前書きなど

 本書の執筆を始めた(2008年10月)ちょうどその週に,それはそれはビッグなニュースが飛び込んできました。3人の日本人がそろってその年のノーベル物理学賞を受賞し、続けて1人の日本人がノーベル化学賞を受賞したというニュースでした。日本の科学界にとって,そして日本の意欲あふれる若い科学者たちにとって,何と勇気づけられる朗報だったことか。
 日本人にとって今回が最初のノーベル賞受賞ではないことは,ご承知のとおりです。日本で最初の受賞者はノーベル物理学賞の湯川秀樹博士で,1949年のことでした。以来,日本からは何人もの受賞者が出ています。しかし,この誉れ高い受賞に限ってみても,日本はいわゆる科学の先進国に比べると後れをとっていることは否めません。なぜなら,日本人の若い科学者なら誰でもが認めているように,世界の科学界に日本人科学者が進出して活躍するには,単によい研究をするだけでは不十分で,英語圏の科学者と同等に,英語で英語論文を書き,英語で口頭発表することが必要だからです。
 日本人のノーベル賞受賞者はもちろんのこと,日本人の優れた科学者が業績を国際的に認められているということは,とりもなおさず彼らの英語発表能力が英語圏の世界で認められていることの反映でもあります。もちろん,英語が主要言語になっている科学の世界にあって,日本人だけが不利であるわけではありません。たとえば,中国,韓国,ロシアの科学者も事情は同じです。
 一方,ヨーロッパ諸国の科学者も不利な点では同様ですが,日本,中国,韓国,ロシアの科学者に比べれば有利な立場にあります。ヨーロッパ大陸諸国の言語は,英語と同じラテンアルファベットを使い,文法や構文も多くの点で英語に似ているからです。この類似性は,もとをただせば,英語という言語の起源がスカンジナビア半島の北欧諸国およびドイツの言語にあるからです。その後,ローマ軍が英国を侵略し征服するようになると,こんどは彼らがもちこんだラテン語の言葉が多く浸透するのですが,それらの多くは古代ギリシャ語由来だったのです。さらに11世紀になると,フランスから侵入したノルマンディー公がヘースチングの戦いでハロルド2世の率いるイングランド軍を破り,ウィリアム1世としてノルマン王朝を確立します。これが英国王室の幕開けとなるのですが,その結果,英語に取り込まれたフランス語からの新しい語彙は,大部分がラテン語およびラテン語に浸透した古代ギリシャ語でした。このような経緯から,英語は北欧および南欧それぞれにルーツをもつ言葉の混ざり合った言語となりました。
 北欧言語の普及時期と南欧言語の普及時期の時代的なちがいは,基本的な言葉群と高尚な言葉群に注目すると容易にわかります。たとえば,基本的言葉群のひとつであるwordは北欧言語に由来しますが(ドイツ語のWortに相当し,意味はWordに同じ),高尚な言葉群のひとつsophisticatedは南欧言語に由来します(英知を意味する古代ギリシャ語”sophos”に由来します。ちなみに,philosophyもsophos由来です)。すなわち,基本的な言葉群は主として北欧由来の言語が多く,後生的でより高尚な言葉群には古代ギリシャやラテン語由来の言語が多いといえます。
 以上述べたように,英語の単語との類似性のおかげで,ヨーロッパ諸国やスペイン語やポルトガル語が使われている南米諸国の学生たちは,日本の学生に比べると,はるかにたやすく英語の勉強ができます。なぜなら,英語が自分たちの母語とまったく異なった言語ではないため,多くの場合,容易に理解し翻訳できるからです。
 この点,日本の学生たちの立場は明らかに不利です。まず,ラテンアルファベットを最初から学び,日本語とはまったくちがう言葉と文法を学ばなければなりません。英語を母語とする学生はもちろんのこと,ヨーロッパの学生たちも最初から科学の勉強に専心できるのに対して,日本の学生たちは科学を勉強し研究を進めると同時に,英語の腕を磨くことにも集中する必要があります。さらに,彼らが科学者としての人生をスタートさせてみると,英語世界の科学者たちと情報交換するための通信,講演,それに社交的な付き合いが必要なことを知り,英語で不自由するようでは科学者としてたいへん不利な立場に置かれることを自覚することになります。ヨーロッパの学生たちが,もしこのような不利な立場に置かれ,日本語を使わなければならないとしたら,科学の世界はいったいどうなることでしょう(もっともそうなれば,日本の科学者は一転うらやましがられる立場になるのですが)。
 科学の世界は,A(anthropology)からZ(zoology)まで,どの分野でも競争が激化しています。日本人科学者がその競争に伍するために,研究に必要な知識を英語で読み書きし会話する努力はたいへんなものですが,だからといって言葉上の不利を考慮して研究者としての評価を大目に見てくれることはありえません。また,日本人科学者が多大の努力を払って英語力を身につけたからといって,相手の科学者がそれ自体を褒め称えることはありません。まあ最近は,グローバル化の影響もあって,英語圏以外の外国人が英語でまちがった言い方をしても,以前ほどあざ笑うことはなくなりました。

 長年の友である瀬野悍二と私は,日本の科学者が負う英語の苦労をいくらかでも和らげるお手伝いをするために,論文投稿についての書『日本人研究者がまちがえやすい英語科学論文の正しい書き方』(羊土社,2005),手紙や電子メールでの情報交換についての書『相手の心を動かす英文手紙とe-mailの効果的な書き方』(羊土社,2005),会話の書『困った状況も切り抜ける医師・科学者の英会話』(羊土社,2007)を,この数年にわたって上梓してきました。しかし、これら3冊は,いずれもテクニックが中心であり,語学的立場からの英語解説にはなっていませんでした。
 そこで本書では,そのギャップを埋めるべく,科学英語に特化した語学的な解説をお届けすることにしました。本書は英語の入門書ではありません。つまり,読者の皆さんはすでに英語の基礎に通じておられることを前提とします。また,英語の論文を読んだり英語での会合に出席したり,英語と付き合う仕事環境におられることを前提とします。本書の目的は,皆さんが現在もっておられる英語知識にさらに磨きをかけて,論文執筆や手紙・電子メールでの交信を通じて,いかに研究発表能力を効率的に高めるかのお手伝いをすることにあります。ちなみに,この際,英語の基礎を徹底的に習熟しようと思われる方には,古典的な名著『ライフサイエンスにおける英語論文の書き方』(市原エリザベス著,共立出版)をお薦めします。
 本書の第1章および第2章では,皆さんの英語力を比較的楽に上達させる方法として,インターネットの有効活用法を紹介します。第3章以降では,論文やレポートなどの成果発表の書き方に集中します。もちろん,英語の語学的側面に焦点をしぼって解説していきます。将来,皆さんが直面されるであろうさまざまな事態に備えて,英語の力量を磨いていただけたらと思います。
 読者の皆さんに古代ギリシャ語やラテン語まで勉強してほしいとは申しませんが,ギリシャ語やラテン語をちょっぴりでも知っていると何かと役に立ちますので,及ばずながら私自身の知識を披露して説明します。今日ふつうに使われている科学用語は,研究上の新たな発見や自然現象の新たな説明を記述するために考案されたものです。また,初期の分子生物学者の多くは物理学出身でしたが,彼らや後輩たちは,論理的記述に必要な生物学的語彙を,物理学用語にならってギリシャ語とラテン語からつくりだしました。たとえば,物理学用語のproton(プロトン),neutron(ニュートロン),electron(エレクトロン)のあいだには言語的関係がありますが,分子生物学用語のcistron(シストロン),intron(イントロン),exon(エクソン)のあいだにも同様な言語的関係があります。このような,単語と単語のあいだの関連の言語学的理解に慣れてくると,新しく遭遇する単語の理解も容易になり,また覚えやすくなるものです。
 本書ではまた随所で,皆さんがついつい犯しやすいまちがいを喚起し,そのまちがいを避ける方法を述べることにします。とくに,文通における失敗を避けるにはどうしたらよいか,儀礼的な場合と打ち解けた場合とに分けて伝授いたします。

 幸運はいつどこに潜んでいるかわかりません。ノーベル賞候補とまではいかなくても,いつ何どきあなたの研究が大発見につながるかわかりません。そうなったとき,あなたが大発見を英語で十分に説明し発表できるように,少なくとも本書でそのお手伝いができたらと思っております。その大発見によって,いつしかあなた自身がストックホルムに招かれ,スウェーデン国王の手から金メダルと賞状を授かることになるやもしれないのです。じつは,1989年,私の夫がそうでした。

 ハムデンの自宅で Ann M.Korner
 見沼の自宅で   瀬野悍二


目次

第1章 手軽にあなたの英語を上達させる方法
 1.1 見たり聴いたりするだけで英語を上達させる方法
 1.2 単語の勉強によるスペルの体系的理解
 1.3 科学用語の語彙をより豊かに
 1.4 声に出してしゃべる学習
 1.5 参考書
 まとめ・練習問題
第2章 科学論文を書く準備
 2.1 論文の目的と様式
 2.2 情報源を記録しておく
 2.3 作業仮説と目標の設定
 2.4 材料と方法を記録しておく
 2.5 結果の保存と記録
 2.6 カルテと匿名性の管理
 2.7 結果公表の期は熟したか
 2.8 論文の構想を練る
 2.9 投稿先雑誌の書式
 2.10 英国流スペルと米国流スペル
 2.11 書式の一貫性
 まとめ・演習問題
第3章 表題ページ
 3.1 表題ページの組み立て
 3.2 表題を選ぶ
 3.3 表題中の動詞とそれに対応する名詞の扱い
 3.4 著者名と所属機関
 3.5 表題ページの脚注
 3.6 ランニングタイトル(柱)
 3.7 キーワード(主要語)
 3.8 表題をはじめ論文で用いる略語
 3.9 表題ページのフォントとスタイル
 まとめ・演習問題
第4章 研究成果を自己完結型のAbstract(またはSummary)にまとめる
 4.1 あなたの研究を紹介する
 4.2 文法上の問題の有用なレッスン
 4.3 Abstractの内容
 4.4 学会発表用Abstract
 4.5 学位論文のAbstract
 4.6 Abstract中の文献引用について
 4.7 単一文構成の要約precis
 まとめ・演習問題
第5章 Introduction
 5.1 Introductionの目的と範囲
 5.2 Introductionの構成と話題の順序
 5.3 理論的または数学的背景の説明
 5.4 IntroductionではDiscussionでの記述内容の過度の前倒しを避ける
 まとめ・演習問題
第6章 Materials and Methods
 6.1 再現性
 6.2 Materials and Methodsの構成—および結果の再現性についての再度の言及
 6.3 研究材料についての有用な英文
 6.4 研究方法についての有用な例文
 6.5 データの再現性と統計分析の表示
 6.6 略語はMaterials and Methodsで最初に登場することが多い
 まとめ・演習問題
第7章 Resultsをいよいよ書く
 7.1 結果を体系立てて編成する
 7.2 Resultsの構成—小見出し(Subheading)を採用した編成
 7.3 表題における名詞と動詞の使い分けについての再考察—動詞のほうが好ましい場合
 7.4 同義語の便利な使い方—同じ単語のくり返しを避けるために
 7.5 単位形式を,本文,Figure,Tableで一貫させる
 7.6 数値データにおける有効数字の選択範囲
 7.7 FigureとTableの最も効果的な利用
 7.8 データを詰め込みすぎていませんか
 7.9 求めていなかった負の結果
 まとめ・演習問題
第8章 Discussion
 8.1 効果的なDiscussion
 8.2 Discussionをどのように始めるべきか
 8.3 Discussionにおける結果の総括様式
 8.4 DiscussionでのFigureとTableの使用
 8.5 Discussionの長さは?
 8.6 Discussionの閉じ方
 まとめ・演習問題
第9章 Figure,Table,ビデオ
 9.1 視覚に訴える表示物としてのFigure,Table,ビデオ
 9.2 Figureの作成
 9.3 写真と顕微鏡写真
 9.4 絶対に許されないこと—写真や顕微鏡写真をこっそり加工する
 9.5 Figureの数と煩雑さの度合い
 9.6 Tableの作成
 9.7 FigureとTableで使う単位形式
 9.8 Figureの説明文
 9.9 結果のちがいの統計的有意性
 9.10 既報論文からのFigureの転載
 まとめ・演習問題
第10章 Acknowledgments
 10.1 謝辞の対象
 10.2 謝辞を述べる順
 10.3 修士論文や博士論文でのAcknowledgmentsについて
 10.4 利益造反
 まとめ・演習問題
第11章 References,Notes,Supplementary Materials
 11.1 周到な準備は報われる
 11.2 文献リストの書式
 11.3 引用文献の書式を正しく守ることの重要性
 11.4 Notes
 11.5 Supplementary Materials
 まとめ・演習問題
第12章 論文投稿と編集長への初めての連絡
 12.1 書式細部への注意もけっして怠らない
 12.2 インターネット経由の論文投稿が標準になっている
 12.3 添え状では編集長を名前で呼びかけること
 12.4 添え状の内容
 12.5 希望する審査員のリストをあげる
 12.6 添え状を完結させたら英文チェックを怠りなく
 まとめ・演習問題
第13章 編集長からの返信と審査員からの論評,それに対するあなたの対応
 13.1 投稿したら返信と審査結果を待つ
 13.2 論文は無修正で採択と決定
 13.3 論文は条件付きで採択と決定
 13.4 審査員の論評に対する返答
 13.5 論文は却下されたものの,再投稿を勧められる
 13.6 論文の全面却下—ノーベル賞級のものも?
 まとめ・演習問題
第14章 学会でのポスター発表
 14.1 学会に出かける好機
 14.2 学会発表用ポスターの作成
 14.3 立ち止まってあなたのポスターを見始めた人に声をかける
 14.4 形式張らないポスターセッションの雰囲気は若い研究者にとって好都合
 まとめ・演習問題
第15章 研究成果の口頭発表
 15.1 英語での口頭発表
 15.2 時間の制約
 15.3 講演における前置き
 15.4 講演の本体部分
 15.5 講演後の質問に答える
 15.6 口頭発表についての参考情報
 まとめ・演習問題
第16章 科学者の責任
 16.1 公明さ,説明責任,そして再現性ある結果
 16.2 科学者は1人1人が教師役を担う
 16.3 科学者は1人1人が番犬役を担う
 16.4 科学および科学者社会の保全は科学者1人1人の責任
 まとめ・自由考察
演習問題の解答
付録:有用なウェブサイト集
訳者あとがき


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