読書の周辺
ドイツ総選挙を見る視点

坪郷 實

 今年の9月27日に、ドイツにおいて統一後3回目の総選挙が実施される。この選挙のなりゆきが、ヨーロッパ内外で注目されている。というのは、最近ヨーロッパで政権交代が相次ぎ、いわゆる社会民主主義政党が好調であるからである。本稿では、まず、ヨーロッパ各国の動きを簡単に見て、次にドイツの総選挙を見る視点をまとめてみたい。
▼相次ぐ政権交代
 ヨーロッパでは、この2年間に政権交代が相次いだ。
 第一に、イタリアの1996年4月総選挙で、プローディ率いる「オリーブの木」という中道左派連合が、中道右派連合に対して、初めて勝利を収めた。周知のように、中道左派連合の中心の左翼民主党は旧共産党が根本的に自己刷新した結果生まれた政党である。
 第二に、1997年5月のイギリス総選挙でも若い党首ブレアの率いるニュー・レーバー(労働党)は、地滑り的な勝利をし、18年振りの政権交代を果たした。労働党は、これまで4度、総選挙に敗北したが、80年代後半からのキノック、スミス、ブレアという3代の党首による党改革の結果として、政権に復帰したのである。
 第三に、フランスでも1997年6月の国民議会選挙で社会党政府が成立した。この選挙では、野党の社会党が予想外に保守のシラク大統領への批判票を集め、左翼陣営が票を伸ばしたのである。したがって、大統領が保守、首相が社会党という史上3度目の保革共存政権が登場した。
▼政権交代の意味するものは
 さて、ある論者は、ヨーロッパにおいて「社会民主主義の世紀の終焉」を主張してきたが、これに対して、以上のような動きを、新しい社会民主主義の再興とみることができるのだろうか。確かに、これまでの新保守主義に対する新しい選択肢の登場を示唆しているようである。さらに、これに続いて、ドイツでも政権交代が起こり、社会民主主義政権が成立するのではという期待が高まっている。
 しかし、各国の政党の動向を検討して見ると、事情はそう簡単ではない。例えば、イギリスのニューレーバーのブレアは、「市場とコミュニティの価値の両立」、「みんなが果実を分け合う市場経済」を唱えている。また、イタリアの「オリーブの木」のプローディ首相が「競争のルールを設定する『軽い国家』」を主張し、イタリア左翼民主党のダレーマが「自由主義革命」を掲げている。いずれにせよ、イギリスやイタリアの政権交代は、労働党や左翼民主党が根本的な自己刷新を積み重ねるなかで実現したのである。
 このように、今は、「市場重視か、政府重視か」、「大きな政府か、小さな政府か」などの二者択一の対立ではない。むしろ、政府セクター・市場セクター・市民セクター(民間非営利組織NPO)三者のそれぞれの最適ミックスを目指す、さらに個人の選択を重視する社会構想が求められている。しかも、これは、具体的な政策や制度を実現するプロセスの中で姿を現していくものである。このような政策や制度の具体例として、日本では、地方分権、介護保険制度、NPO法などが、日程に上っている。
 ヨーロッパにおける政権交代をこのように捉えるならば、政権獲得を期待されているドイツ社会民主党も同様な自己刷新の途上にあるのかが問われねばならない。次に、この点も含めて、注目されているドイツ総選挙をウォッチングするための基礎的な情報やデータをいくつか紹介しよう。
▼ドイツの選挙制度の特徴
 ドイツの選挙制度は、日本で誤解されているように比例代表制と小選挙区制の「併用制」ではない。議席配分は、比例代表制による政党への投票によって行われるので、ドイツの制度は、比例代表制である。ただし、比例代表制で議席の配分を受けるためには、政党は少なくとも全国で5%の得票を得るか、三つの小選挙区で議席を獲得しなければならない。これを、5%阻止条項という。
 日本の衆議院にあたるドイツ連邦議会は、4年の任期であり、ほぼ任期満了の選挙が普通である。これは、解散権が規定されていないなどの事情もある。そのため、政府は4年間で実績を上げることを、野党はこの4年の間に次の選挙において政権を獲得するための戦略を練ることを目指す。ただし、この4年間は、むしろ短く、最近の政治家は目先の票のことばかり考えて、長期的視野で政策づくりをしないという批判もある。
 選挙キャンペーンは、選挙直前の8週間に集中するが、前の「選挙当日の夜」に、次の選挙の選挙戦が始まると言われている。今回、野党の社会民主党は、昨年の九月からインターネットのホームページなどで、「選挙まであと何日」というカウント・ダウンを始めた。このように各政党はホームページを開いているので、日本からも、インターネットを通じて、簡単に選挙情報が入手できる。
 さらに、選挙権及び被選挙権の年齢は、18歳からである。この点、日本は世界の動きから遅れをとっている。むしろ、ドイツでは、この年齢をさらに16歳に引き下げるべきではないかという議論が出ている。
▼大政党の衰退
 次に、ドイツの政党の特徴を簡単に見ておこう。1983年選挙で緑の党が議席を獲得するまで、ドイツでは二つの大政党と一つの小政党という三つの政党しか連邦議会で議席がなかった。これを3政党システムと呼んでいたが、緑の党の登場により、4政党システムと呼ばれている。しかし、ドイツ統一後、1994年選挙では、旧東の地域で民主社会主義党が四つの小選挙区で議席を獲得したため、現在は、連邦議会には五つの政党が議席を持っている。
 現在の政権政党は、コール首相の率いるキリスト教民主同盟・社会同盟(CDU・CSU)と自由民主党(FDP)である。CDU・CSUは、保守政党と呼ばれるが、中道右派と保守勢力の政党であり、農業地域でカトリックの比率の高いところで支持率が高く、自営業、企業家層、カトリックの勤労者層を支持基盤とする。FDPはリベラル政党で、非カトリックの自営業層の支持が厚い。
 野党第一党の社会民主党(SPD)は、労働組合に組織された産業労働者層を支持基盤とし、プロテスタント系市民層や改革指向の新中間層からも支持されている。他方、90年同盟・緑の党は、非カトリックのホワイトカラー層の支持が厚く、40歳代以下の年齢層に重点がある。さらに、社会主義統一党の後継政党である民主社会主義党(PDS)は、旧東ドイツに基盤が限定されており、統一によるマイナスの影響を受けたものの批判票を集めている。
 ドイツでは、有権者は政党に対して、明確な党イメージを持っている。CDU・CSUは、経済運営に優れているのに対して、SPDは社会的公正を実現する政党である。FDPは、かつて軍縮の党として知られていたが、脱冷戦で党アイデンティティを失い、次の総選挙でも生き残りがかかっている。さらに、90年同盟・緑の党は、環境保護に能力を発揮する政党である。PDSは、当面、旧東ドイツの地域政党としてのアイデンティティを獲得している。
 次に、注目すべき点は、CDU・CSUとSPDの二大政党が1980年代以後、衰退傾向にあることである。ヴィーゼンダール(E.Wiesendahl, Wie geht es weiter mit den Grossparteien Deutschland? in: Aus Politik und Zeitgeschichte, B1-2/1998, S. 21.)によれば、緑の党の登場以後、二大政党の得票率は減少しつづけ、同時に投票率も後退している。このように、ドイツでも、政党不信や棄権者の増加が問題となっている。つまり、連邦議会と州議会選挙における二大政党の平均得票率は、1980年の87.4%から1997年の73.3%へ14%も低下し、投票率も1980年の88.6%から1997年の68.6%へ減少した。さらに、二大政党は1970年代にあわせて、党員約200万人にのぼる国民政党に成長したが、その後党員を大幅に減少させている。1980年を100%とすれば、1997年は84.4%である。したがって、党員も高齢化し、青年党員は半減し、大政党の硬化現象が進行している。
▼世論調査の動向と争点
 さて、一番注目されているのは、次の総選挙での政権交代の可能性である。世論調査(表)を見てみると、昨年の後半は、SPDが第一党であり、現政権与党は少数派である。選挙八ヶ月前の時点で、SPDは第一党を確保している。もし赤(SPD)と緑(緑の党)の連立が成立すれば、政権交代が可能である。しかし、今の時点でこの傾向が選挙まで続くかどうかは不確実である。
 特に、前回の選挙においても、選挙1年前にはSPDが優勢であったが、選挙の半年前から傾向は逆転し、結局選挙では敗北に到った。この選挙の年にタイミングよく経済が回復したことも、SPDには不利に働いた。

政党支持率(次の日曜日に総選挙が実施された場合)(%)
         1994  1997              1998 
政    党10月選挙6月8月10月12月1月
CDU・CSU41.43636 383636
FDP6.956566
SPD36.43938393939
90年同盟・緑の党7.3101010109
PDS4.455454
(出所:Der Spiegel, Nr. 27, 35, 44, 52/1997, Nr. 5/1998)

 ところで、ドイツが直面している大きな問題は、周知のように、旧東ドイツの再建問題である。東西ドイツの実質的統一には、さらに15年ないし20年かかると思われる。
 この点とも関係して、482万人(1月失業率12.6%)に達した失業問題が選挙の大きな争点となるであろう。さらに、税制改革問題、年金改革問題、そして統一通貨ユーロの導入問題も争点になろう。
▼首相候補は誰か
 さらに、比例代表選挙で行われるドイツの選挙では、首相候補が誰であるかが決定的に重要である。しかも、情報化社会の進展の中で、魅力的な首相候補が必要とされている。ところが、現与党は昨年春に早々とコールを引き続き首相候補にすることを決定したのに対して、SPDはまだ首相候補を決定していない。
 これにはいくつかの理由がある。まず、1990年の統一選挙の首相候補ラフォンテーヌ、1994年選挙の首相候補シャルピングが共に、コールに手痛い敗北を喫した。このことから、SPDは、首相候補を早く決めて、最適の候補を擁立できなくなることを恐れている。
 次に、SPDの党の内外で有力な首相候補と目されているのは、ニーダーザクセン州の州首相であるシュレーダーである。しかも、彼は、「ドイツのブレア」を目指してSPDの新しい路線を提案している。シュレーダーは、企業家と接触し、彼らとの信頼関係を作り、青年層と積極的に交流するなど、新しいSPDのイメージを獲得しようと試みている。
 しかし、彼は、今年の3月初めに州議会選挙を戦うので、その時に、得票率が前回を2%以上上回った場合にのみ、首相候補になることを明言している。現在党首は、ザールラント州の州首相であるラフォンテーヌであるので、彼も首相候補の有力な一人である。したがって、昨年秋の時点での党の宣伝ポスターには、ラフォンテーヌとシュレーダー二人が並んでいる。
▼SPDは勝てるか
 このようなSPDの動きは、政権獲得のための慎重な戦略なのであろうか。実際のところ、首相候補が誰かによって、政府綱領の重点は変わってくるし、連立政権の構想にも影響がある。この点から、SPDは現政権に対する明確な選択肢を出していないという印象を受ける。
 有権者が、16年目と長期化する現コール政権に飽きがきていることは確かである。世論調査でも、次の選挙での政権交代への一般的期待は高い。しかし、望ましい連立方式については、意見が分かれている。1月の世論調査(デァ・シュピーゲル誌)では、現政権34%(12月30%)、CDU・CSUとSPDの大連立28%(33%)、赤と緑の連立24%(30%)と、政党支持とはズレている。
 SPDは、現在連立相手を明示していないが、このような状況下では、首相候補を決めると共に、連立相手を緑の党と明示することによって、今後の選挙戦のイニシァチブを握れるのではないだろうか。
 こうしたSPDをめぐる一連の問題は、イギリス労働党がやったような党首三代にわたつて党改革を成し遂げるというような長期戦略を欠いているからである。ある党関係者は、SPDには、目立つ仕事をしたがる政治家はいるが、長期戦略に基づき党改革を実行する政治家はいないと述べている。この点が、SPDが有利な情勢であるにもかかわらず、今の時点で、政権交代を見通せない最大の理由であろう。
▼キーワードは「革新」?
 ところで、SPDが昨年12月に、CDUがこの1月に党大会を相次いで開催した。選挙準備の一環でもあるこれらの大会でのキーワードは、共に「イノベーション(革新)」であった。デァ・シュピーゲル誌(1998年第5号)によれば、SPDは、党大会で「革新と公正」を掲げ、「経済・国家・社会の革新が新しい職場の創出のカギである」と主張する。他方、CDU党大会は、「革新、われわれは21世紀を人間的なものにする」を掲げ、コール首相は「革新が将来のカギであり、職場への王道である」と述べる。さらに、90年同盟・緑の党のレーステルは、「エコロジー的経済的革新戦略」を主張する。
 果たして、誰の主張するどのような革新が、未来を切り開くのであろうか。9月の総選挙に期待しよう。
(早稲田大学教授)


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