大学出版部協会編集部会による2010年度秋季研修会が、11月12日、13日の両日にわたって宮城県仙台市で開催された。同研修会は、これまで京都大学学術出版会を中心とした関西部会が企画・準備・運営を担ってきたが、第8回となる今回は首都圏・関西圏以外でのはじめての地方開催を検討した。5月開催の部会で仙台を候補地とし、その後計3回の部会で研修内容の相談・修正を重ね実現に至った(世話役は仙台市に本拠地を置く東北大学出版会が務めた)。開催時期は例年10月だったが、「協会夏季研修から少し日を空けた時期に」という要望を踏まえ、これまでより約一カ月遅い11月中旬となった。
<参加者>
西脇禮門(麗澤大学出版会/編集部会部会長代行)、稲英史(東海大学出版会/編集部会副部会長)、菊地雅之(東京電機大学出版局/編集部会副部会長)、中根明夫・郡千寿子(弘前大学出版会)、小林直之(東北大学出版会)、池澤昭夫(流通経済大学出版会)、竹中英俊・小松美加・山田英樹(東京大学出版会)、木村公子(武蔵野美術大学出版局)、湯川進一郎(明星大学出版部)、橘宗吾・丸山俊紀(名古屋大学出版会)、國方栄二(京都大学学術出版会)、岡村千代美(関西大学出版部)、尾石理恵(九州大学出版会) 計17名
<日程の概要>
第一日(2010年11月12日)
内容:通常部会、編集マニュアル・ワークショップ、講演会、懇親会
場所:「ホテルリッチフィールド仙台」(仙台市青葉区)
第二日(2010年11月13日)
内容:せんだいメディアテーク視察、学芸員講演会、意見交換
場所:「せんだいメディアテーク」(仙台青葉区)
<議事行事>
第一日
○通常部会
13:30より「ホテルリッチフィールド仙台 10階会議室フェニックスB」にて開会。西脇部会長代行の挨拶に続き、通常部会報告を開始。山田氏(東大)から「大学出版」の進行状況の説明、続いて橘氏(名大)から科研費出版助成の要望書についてのコメントがあった(詳細は「2010年度第5回編集部会議事録」を参照)。
○編集マニュアル・ワークショップ
このワークショップは、現在編集部会を中心に制作中の「編集マニュアル」(編集部会編)の一層の充実を目指し、参加者それぞれの普段の執務状況や編集スキルを部会内で公開・説明することで、部会全体の編集技術の向上をはかることを目的に立案された。今年度夏季研修会の部会で提案され、その後、稲氏(東海)・小松氏(東大)・木村氏(武蔵美)の三氏が企画・準備を進め、当日も三氏が進行を担当した。
多様な編集業務の中でも、今回は「企画」を主なテーマに設定した。「持ち込み企画はどうするか?」「販売担当者の意見を聞きますか?」等の6つの項目をあらかじめ用意し、サイコロをふって出た目で参加者に発言を求める趣向。6項目は参加者に事前告知していたこともあり、全参加者が順番に積極的な発言を行なった。各所属出版部によって求められる編集のスキルも大きく異なっているのが実情ではあるが、それに縛られない発想・趣旨・実践・教訓に満ちた意見が多く出され、淀むことなく議論が続いた。
参加者個人ひいては編集部会全体のスキルアップを目的とした研修会行事としては、これまで「ケース・スタディ」がその役割を果たしてきた。今回の「編集マニュアル・ワークショップ」も同様の目的を持ったもので、「ケース・スタディ」に続く新たな手法を打ち出したと言える。後に参加者から「またやってみたい」「時間をとって、もっとじっくりと意見交換してみたい」との前向きな感想が聞かれた。
○講演会
ワークショップ終了後15分間の休憩をはさみ、15:30より講演を開催。「地方都市における出版事業」を演題に、講師には仙台市の出版社 (有)荒蝦夷の代表・土方正志氏と千葉由香氏を招いた。土方氏から同社の設立からこれまでの経緯、それに沿った刊行物の話があり、終盤で千葉氏から自身が編集長を務める雑誌「仙台学」について説明があった。
同社は10年前に仙台で創立。東北芸術工科大学(山形市)による出版助成を受けて学術系定期刊行物の編集業務を担った時期、新聞(東北各県の県紙)の連載記事の書籍化を受注していた時期、自主企画による刊行本を展開しはじめた時期の三段階を経て、現在に至っている。東北に根付いた文化を発掘し、積極的に出版していくバイタリティが、参加者の興味を集めた。また、同社は取次店を介した流通はせず、書店との直取引と自社サイト、webストアのみで販売を行なっている。この手法については業務の枠(編集・販売)を越えて参加者の注目を集め、「返品は基本的にゼロ」「小規模の出版事業なら、取次に頼らなくても十分に継続できる」「自社商品の販売方法を書店に直接提案し、書店と密な関係を保ち、最終的にはその書店を元気にさせる=“書店おこし”」などの話には、参加者から驚きと関心の声があがった。質疑応答では発行部数や売上についての具体的な質問があり、講師もそれに応じるなど、同じ出版人同士ならではの踏み込んだ議論が展開された。
なお、会場内には同社出版物の販売テーブルを用意。参加者が購入する姿が講演前後に見られた。
○懇親会
講演終了後30分間の休憩をはさみ、18:30より懇親会を開催。会場は同ホテルの「10階会議室 フェニックスC」。稲氏の挨拶、東北大学出版会の紹介と同会理事長・久道茂氏の挨拶が続き、講師の土方氏による乾杯で会が開始。立食形式の本会では、参加者同士で科研費出版助成の要望書、編集マニュアル・ワークショップでの発言について様々な意見交換が自由闊達に交わされたほか、講師の二人は懇親会中ずっと参加者からの質問攻めを受けていた。終盤には即興で自由指名形式のリレースピーチを行い、最後に竹中氏(東大)の締めの挨拶で、予定時刻の20:30を若干オーバーして終了した。
第二日
○せんだいメディアテーク視察、学芸員講演会、意見交換
9:00にホテルの1Fロビーに集合し、徒歩で「せんだいメディアテーク」(以下「smt」)へ移動。9:30より同館学芸員・小川直人氏の案内で館内を視察(約一時間)。
smtは世界的な活躍で知られる建築家・伊東豊雄氏設計の複合文化施設(2000年オープン)で、図書館・ギャラリー・シアターなどに特化したフロア構成(地上7階・地下2階)になっている。「メディアの棚」と和訳されるように、各種メディアに関わるイベント・事業・市民活動の支援などが主たる業務である。小川氏の案内は、普段出入りできない同館屋上からスタート。順に下階に降り、それぞれのフロアの特徴や現状について、構想段階からの意図を踏まえた詳細な説明を受けた。その後会議室で小川氏による講演「公共施設が出版活動を行うこと」と、smtの出版活動について意見交換を行った。smtはこれまでに複数冊の単行本と機関誌「ミルフイユ」を出版している。「ミルフイユ」の最新号(「ミルフイユ02」)は参加者全員が事前に購入し、当日も持参した。意見交換では、参加者の「プロの目」から見た同誌の不備・改善点が具体的に提示・指摘される一方、制限や縛りの多い公共施設内での出版活動に、同様のジレンマを感じるという参加者もあった。議論は組版や印刷、使用紙等のテクニカルな点にまで深化し、第一日とはまた違った面でそれぞれの編集スキルを見直す場になった。
意見交換終了後、同会議室でそのまま部会に移行。西脇部会長代行から挨拶があり、研修会全体の総括を行なって無事閉会となった。
○付記
第一日の午前中に、今回の参加者の有志11名で、東北大学生協工学部店「BOOOK」の見学を行なった。同店は書店とカフェの混合業態で、ランダムな棚づくりを特徴としている。研修の公式行事前に同店で時間を過ごし、自らが担当した書籍が棚に並んでいることを確認したり、BOOOKならではの棚づくりで並ぶ学術書・専門書から新たなインスピレーションを得たりしたことで、参加者の思考回路が一気に活性化したように感じられた。その波に乗って同日午後からの公式行事を開始できたことも、「編集マニュアル・ワークショップ」での積極的な発言や、講演会での集中力につながったようにも思われる。
<総評と課題>
新機軸を打ち出したはじめての秋季研修会であったが、参加者に戸惑いはあまり見られず、大きな問題も生じなかった。仙台での開催ということで、首都圏やこれまでの関西圏に比べて遠距離になる出版部が多く、参加者数減が心配されたが、九州から1名(九大)、関西から2名(京大・関大)、東海から2名(名大×2)の参加があり、総勢17名が集まったことは喜ばしいことである。
研修内容については、「編集マニュアル・ワークショップ」で見られた全参加者による積極的な参加姿勢が、そのまま二つの講演会や意見交換につながり、活発な議論がなされたと評価できる。また、(有)荒蝦夷の講演会では、普段の執務やこれまでの研修会ではあまり考える機会のない「地方都市と出版」に触れたことで、所属出版部の実情と比較検討し、新たな発想を得た参加者も多かった模様である。これは二日目のsmt視察中に参加者の一人から聞いた「仙台という街の“主張”のようなものを、こういう文化施設から感じる」という発言と同様、地方都市で研修会を開催したゆえのものである。出版文化の支え役でもある編集者として、参加者は大いに刺激を受けたものと思われる。参加者-参加者間、講師-参加者間、街-参加者間で多様な刺激の授受があり、それをもとに普段の編集業務を多様な面から振り返るきっかけを得たという点で、今回の秋季研修会は大きな成果があったと言えるだろう。
ただ、今回の「地方開催」は、上記した正の部分ばかりでないことも否定できない。講師の選択については、人口百万人の政令指定都市で東北地区の中心都市である仙台であったゆえ、範となり得る地元出版社が存在したということもあろう。これをそのまま他都市に置き換えることは困難であると思われる。そもそも、出版物の質・経営状況・人材等が整っている出版社が地元にあるという地方都市は、決して多くない。これは公共施設にも言えることで、出版を含め「メディア」をテーマとしたsmtのような公共施設が全国にあるわけではないことは承知のとおりである。研修会の地方開催の一つの「モデル」にはなり得るかもしれないが、他の都市に当てはめることのできる「スタイル」までは至らなかったというのが、コーディネーター役を務めた文責者の印象である。
また現実問題として、旅費・宿泊費の負担は各出版部にとって当然ながら大きな経費負担であり、とくに遠隔地からの参加はその負担度合いも大きくなる。「地方開催=遠隔地移動=経費負担増」となりやすい事情は如何ともし難いが、現在の協会加盟出版部の地理的バランスを踏まえ、今後も一人でも多くの参加者が集まれるような開催地の検討が必要と思われる。
その一方で、研修会の成功は、参加者の意識・モチベーションに大きく左右されることも事実である。その点で言えば、今回の参加者は非常に積極的な意識を持って仙台に集まった感がある(研修会終了後、参加者から「大いに発言できた」「刺激を受けた」などの感想が多く寄せられていることも付記しておく)。この最大の理由は、おそらく事前の準備にあると思われる。「編集マニュアル・ワークショップ」は、担当した三氏が頻繁に意見交換を重ね、事前にペーパーを用意し、当日の二週間前に参加者に配布した。そうすることで参加者は予習ができ、発言の内容もまとめておくことができた。それゆえ、一般的な挙手形式の発言とは異なり、参加者全員からの密度の濃い発言が得られたと思う。また、進行上の演出としてサイコロや打楽器(トライアングル? 木魚?)が担当者によって用意され、緊張感と笑いが織り込まれたことも大きかった。正味一時間強のワークショップではあったが、「面白かった」「またやりたい」と参加者の評判が高かったのは、そのような周到な準備の賜物と言えよう。これは二日目のsmtでの意見交換で、参加者全員が「ミルフイユ」を当日の一カ月前に購入して読み、それを踏まえた質問ができたこととも重なる。このように、参加者が事前に準備し、当日その成果を発揮できるような内容を設けることが、参加者全員の意識・モチベーションを高めて研修そのものの質を上げる重要な要素になる。この点を再確認でき、次回以降の研修会に反映できる実績を得られた点でも、今回の研修会の意義は深かったと考えられる。
協会加盟出版部の編集者が意見交換をする場として、秋季研修会の担う役割は大きい。とくに地方都市に本拠地を置く出版部の編集者は、周辺に同業者(学術書・専門書の編集者)は皆無に等しく、日常的な意見交換や勉強会の機会を設けることはほぼ不可能と言える。秋季研修会はそれを実現できる貴重な場である。同研修会のより一層の充実と今後の継続が望まれる。
以上
東北大学出版会 小林直之【編集部会】