【科研費出版助成の現状】
これまで日本学士院賞受賞作はじめ多数の優れた学術書を世に送り出してきた科研費出版助成(正式名称は、科学研究費補助金 研究成果公開促進費「学術図書」)が2007年度と08年度に大幅に削減されたことを受けて、大学出版部協会では08年に文部科学省と日本学術振興会にたいして、この制度の維持と発展をうったえる要望書を提出した。その後も、昨年の『大学出版』8月号で科研費出版助成の特集を組むなど、積極的な活動を続けている。
こうした活動の甲斐もあって、09年度から科研費出版助成は少しずつ増え、今年度は日本全体で応募719件中、採択272件、採択率は37。8%であった。1件あたりの助成額が大きく変わっていなければ、助成総額(未発表)は4億4000~5000万円と推定される。03~06年度の平均6億6000万円、採択率43。6%という水準からみればまだまだ不十分ではあるが、回復に転じたことは喜ばしい。
そうした中で、大学出版部からの応募著作が不採択とされた理由として今年最も多かったのは、「刊行の緊急性が低い」というものであった。昨年も多かったこの理由は、学術書が学界のみならず社会や歴史の中で評価・選択されていく点に重要な意味があることを忘れており、あまりにも目先の勘定に囚われた物の見方になっている。昨今の大学を覆っているこうした見方を転換するという大きな課題が、じつは出版助成とも関連している。先日の政府の「事業仕分け」で日本学術振興会にたいして指導のあった「ガバナンスの強化」が、こうした見方をさらに助長しないことを願う。
またもう一つ、07年から科研費出版助成の応募時と内定時に出版社等による相見積り(ないし競争入札)の実行が義務づけられるようになったが、これが大きな歪みをもたらしている。そもそも学術書の出版は受注型の事業ではなく、受注型の事業形態を前提とした相見積り方式を出版助成の審査で用いることは不適切であるし、しかも、著者と出版社の共同作業(の最も重要な部分)は出版助成の応募に先行しており、出版助成に応募する段階であらためて出版社を選ぶというのはおかしいのである。こうしたことから、相見積り方式が混乱を生むことはもともと明らかだったのだが、いまやこの方式の変更に向けて取り組むべき時期にきている。
出版助成は、優れた学術書が数多く出版され社会へと学知が還元されることを第一に考えて設計・運用されるべきである。基盤となる科研費出版助成の場合は特にそうである。助成額の理不尽な削減や制度の歪みが学術書出版のあり方を歪めることがあってはならない。そのことをもう一度確認したうえで、この制度の積極的な利用を広く呼びかけたい。
名古屋大学出版会 橘宗吾【編集部会】