大学出版部協会創立35周年を迎えて
―大学出版部いま転換の時期―

山下 正

 1.大学の変化とそのゆくえ

 大学出版部協会は1963年6月11日に設立総会を開催しており、 本年6月、 創立35周年を迎えることになる。 去る4月24日の1998年度総会において、 新しく三重大学出版会の加盟が承認され、 協会メンバーは24大学となったが、 九州大学出版会には九州全県及び山口県の28大学が加盟、 名古屋大学出版会には県下の4大学が協力校として参加しており、 これらを加えると、 全国56大学を網羅する一大学術出版団体として成長してきた。
 ここ数年、 大学は急速に変わりつつある。21世紀に向かって、 社会の変化に対応した新しい 「改革」 が模索されてきている。 大学の機能と役割には、 研究と教育、 そして社会サービスの3つがいわれるが、 1)研究機能中心の大学院重点型、 2)生涯学習等のニーズに応える社会サービス重視型、 3)教育機能中心の学部重視型、 というように、 それぞれの大学が3機能を総合化していく方向に進むのか、 あるいは特化していく道を選ぶのか、 大学は揺らいでいる。 最新の動向をみると、 例えば、 学部をもたない大学院大学の登場、 複数の大学による連携大学院や連合大学院の試み、 衛星通信システムを活用した遠隔授業や複数キャンパスの双方向授業の出現、 多様なコース・受け皿で個性化をめざす短大の模索、地域おこしの願いをこめる地方自治体の大学づくりへの挑戦等々、 大学はどこへ行こうとしているのか。 大学出版部にとっては、 大学の変化とそのゆくえは見過ごすことができない。

 2.協会活動の新しい課題

 このような状況を背景にしながら、 大学出版部協会はさまざまな活動を展開してきているが、 とくに、 この五年間で、 活動内容の大きな変化を指摘することができる。 協会活動の運営は幹事会が中心だが、 日常活動は編集部会、 営業部会、 刊行助成部会の3部会が担っている。 ここではそれらの活動の問題点と課題に触れておこう。
 1)『大学出版』
 協会の機関誌 『大学出版』 は創立30周年を記念して、 1993年から季刊 (4・7・10・1月) 刊行を実現した。 現在、 38号 (1998年夏) まで発行されている。 創刊は1986年5月だが、 当初の年2回刊行を1991年から3回にし、 季刊への軌道にのせたわけである。
 今日、 大学改革が進展する中で、 例えば協会には未加盟だが出版部をもつ大学、 新しく出版部の設立をめざす大学はじめ、 多くの大学関係者の関心に応える点からも、 『大学出版』 の果たすべき役割は一層大きくなってきている。 協会キャッチフレーズの 「大学と社会を結ぶ知のネットワーク」 づくりの文字どおりの推進役として位置づけるならば、『大学出版』 の内容も、 今後は、 大学出版部と協会活動を中心にしながら、 さらに大学や図書館、 自治体など大学をとりまく環境や問題状況を意識したもっと幅広い視点に立った編集企画が目ざされるべきだろう。
 2)図書館へのアプローチ
 各出版部の刊行書籍は圧倒的に学術書が多い。 各出版部とも、 それぞれ独自の販売方針で営業活動を行っているが、 同時に、 大学出版部協会として共同して学術書の普及・販売をめざすことは極めて重要である。 そのためいくつかの活動を継続的に実施してきているのが営業部会だが、 とくに、 1)『新刊速報』 の作成・配布、 2)図書館への納本業務は着実に成果をあげてきている。
 『新刊速報』 は協会加盟出版部の毎月の刊行全点を掲載したもので、 現在147号(1998年7月)まで発行、 最も早く、 正確な選書資料として図書館で利用されてきている。 そして、 「新刊書の見計い納本」 制度は図書館・書店・協会の三者が覚書を取り交わし、 新刊書を刊行のつど各出版部の責任で取次店・書店経由で図書館へ納本するもので、現在全国90館を越える図書館で採用されている。
 日本の出版流通は雑誌中心で、 書籍の取扱いはどうしても副次的になるが、 学術書・専門書はさらに厳しい状況にある。 だからこそ、 協会としては自らの努力で学術書の販売可能性を追求することが欠かせない。 このシステムを理解し、 採用していただける図書館の数をさらに一段と意識的に増加させることが何よりも重要視されるべきだ。
 3)出版助成
 1980年からはじまった日本生命財団の大学出版部協会への出版助成は今年第20回を迎えたが、 これまでに、 1)史料の保存・研究、 2)心身の健康、 3)環境の三分野を対象に、総額5億484万円の助成が行われ、 204点の学術書が刊行されてきた。 この制度は日本生命財団が大学出版部協会を通じて傘下出版部に出版助成を行うものだが、 すぐれた研究成果も採算上の問題で出版が困難な状況に対して、 継続的な援助は大きな励みとなっている。
 刊行助成部会では、 1)学術研究成果の出版に対する助成の必要性と重要性の提起、 2)各種出版助成の現状調査・分析、 3)助成出版の理念やルールづくり、 を新しい課題としているが、 こうした活動は学術出版の担い手としての協会に不可欠のものである。
 4)国際交流
 協会活動の大きな柱の一つとして国際交流がある。 大学出版部は世界的な存在であり、これまでに各国の出版部との交流がさまざまな形で行われてきている。 とくに、 協会設立の際はアメリカ大学出版部協会の経験に学び、 活動の方針や組織のあり方を参考にしてきている。
 昨年はじめて実施した日・韓・中三国大学出版部協会合同セミナーは、 東アジアにおける出版交流の現状と将来にとって画期的な意義をもつといえるかもしれない。 これが実現できるまでには、 それなりの準備段階があった。 日・韓大学出版部協会は1982年から96年までの15年間にわたって、 交互に相手国を訪問し、 共同セミナーの開催を中心に出版交流を進めてきた。 1996年には 「日韓大学出版部協会共同図書展」 をソウルで開催した。 一方、 日・中大学出版部協会の交流は1981年と1990年の2回、 「日本・大学出版物展覧会」 を北京ほかで開催した。 また、 1988年には双方の代表がそれぞれの研修会、 記念会で講演を行った経験を持っている。
 このような日韓、 日中の交流を経て、 ようやく三国セミナーがスタートしたのである。今年8月27日、 第2回が北京で開催されるが、今後は、三国セミナーを軸としつつ、 アジアにおける学術出版交流と大学出版部の組織化を視野に入れながら推進していくべきだろう。

 3.転換期の大学出版部

 ここ数年、 大学出版部の設立をめざす大学がとくに多くなってきている。 その要因として次の2点が考えられる。
 第一は、 大学における研究と教育の成果の 「発信基地」 として出版部を必要としている点である。 大学改革にともない、 大学の自己評価や開かれた大学づくりといった課題に応える点からも、 自前で発表機関を持つことが大きな意味をもつといえる。 第二は、 大学が「生き残りの戦略」 としての魅力ある大学づくりの一環として出版部を位置づけている点である。21世紀に入ると、18歳人口は120万人を切る。 現在と同じ進学率 (40%) とすると、 大学生の数は50万人と予測され、 現在より30万人減少することになる。 この事態を前にして、 大学は生き残りが緊急の課題になっている。 と同時に、 従来のように80万人の大学生が存在するためには67%の進学率、 実に3分の2が入学することになる。 となると、 それを受け入れる大学そのものが目的や内容を大きく変えなければならなくなる。
 このような大学そのものの大変容に直面して、 大学出版部もまた大きな転換の時期を迎えている。 大学出版部は 「出版という仕事を通じて大学の機能に参加する」 という基本枠組を踏まえながら、 同時に、 例えば、 大学と地域社会の関係をコーディネイトするとか、 大学と市民を結ぶ広報センターとか、 もっと別の新しい役割や機能に挑戦していくことが期待されているのではないか。
(東京大学出版会・大学出版部協会幹事長)


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