読書の周辺
ネットワーク型読者環境の誕生
濱 森太郎
不況のニュースが相次ぐ出版界で、インターネット・マガジン『まぐまぐ』の健闘振りが伝えられている(http://www.mag2.com)。この健闘中の『まぐまぐ』は、「まぐまぐホームーページ」上の窓口に設けられた各雑誌発行所(サイト)にEメール・アドレスを登録し、サイトを運営する各発行者がEメール書式で雑誌を発行・配達する仕組みである。
各発行者が『まぐまぐ』に雑誌受付窓口を登録し、「窓口」の運用を委託するため、発行者が支払う登録・運営料は有料ながら、利用者の登録・利用料は無料である。各サイトが読者数を公表し、読者数に応じた単価で広告を募集しているところを見ると、おそらく繁華なサイトでは、広告料収入が運営費の一部に当てられていることと推測される。
『まぐまぐ』の一九九九年一月現在の総読者登録数は、800万件。登録件数1万件で開業した1997年1月から1999年1月現在まで2年間で、実に800倍の増加振りである。
そこでこの『まぐまぐ』の急成長を追体験すべく、1997年9月、私が所属する「三重大学近世文化研究会」で「学内LANを利用した授業用ネットワーク・サイトの構築計画」という名称の研究計画を立て、1998年1月、共通教育授業用のホームページ「『奥の細道』スタディー」を立ち上げてみた。『奥の細道』の地図、原文(素龍本)、語注、訳文、解説、『随行日記』、『曽良書留』、『奥の細道』関連リンク集がそのホームページの主なメニューである。
もともと調査目的のホームページだったために、開設日から助走期間にあたる1998年9月までのアクセス状況を記録して集計することにした。その集計の結果を簡略に言えば、9ヶ月間の総ヒット件数は25,405件、研究・教育関係のヒット件数は3,608件となった(10月・11月以後は、月間のヒット件数が1万件を越えたので、集計作業を中止した)。これらの利用者は、知名度の低いサイトを検出し、早期にアクセスを開始したネットワーク人種と見られる。この利用者を研究・教育関係者に限って上位10位まで、組織名・ヒット数の形で掲げると、次のようになる。
・Karolin Gaspar Protestant University(512件)・奈良先端科学技術大学(446件)・大阪市立大学(444件)・東京大学(244件)・東北大学(147件)・愛媛大学(98件)・奈良国立文化財研究所(81件)・早稲田大学(79件)・静岡大学(77件)・SociteECHO(69件)
この「授業用ホームページ」の開設の経緯は、「『まぐまぐ』的流行現象に便乗したものだから、格別大きな意味はないが、その間に研究会が確保した技術には、大きな意味がある。その間に私たちは部品単価を切り下げ、20万円少々で比較的安定したサーバー・システムを数機、立ち上げたからである。
とかく流行を軽視する態度は、私たち大学人共通の性癖だが、しかしネットワーク社会の中では、社会変化の大部分を「流行」として一括する態度には疑問符が付く。犬年齢(犬の1年は人間の7年に相当する)と呼ばれるネットワーク社会の社会変化は、技術革新と一対の形で進行するために、「流行」を見過ごすことが「技術停滞」に直結するからである。
ネットワーク社会の中の大学出版会には、『まぐまぐ』に似た「学術情報発信業」の性格が求められる。当然、便利で合理的で安価なネットワーク技術の導入は欠かせない準備である。既存の大学出版会も運営面では従来以上にネットワーク型の組織運営を志向するだろう。『まぐまぐ』の受信者たちのように、情報受信者たる読者が書物とネットワークという二方向性の受信準備を整えているからである。学術研究の成果を広く社会に還元することを使命とする大学出版会の立場からすれば、私の著作よりはネットワーク上の「『奥の細道』スタディー」の方が遙かに短時間にその使命を全うする時代がやってきたのである。
映画『山猫』の中でバート・ランカスター演ずる老貴族が民主主義社会の到来に直面して独白する科白がある。「We must change to remain the same(我々は変化しなければならない。今後も同じ我々であり続けるために)」。さて我々もそろそろ重い腰を上げて、『遠い太鼓』(村上春樹著)の鼓動を聞こうではないか。
(三重大学出版会理事)
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