第18回編集者の集い

オンデマンド出版の現状と可能性

秋田 公士


 大学出版部協会編集部会では、編集者相互の研修を目的として、毎年《編集者の集い》を開催してきた。第18回を迎えた今回は、左記の要領でシンポジウムを開催した。
 日 時 11月25日(木)15時〜18時30分
 会 場 東京電機大学11号館16階 大学院会議室
 テーマ オンデマンド出版の現状と可能性
 ▼基調講演
  中西 秀彦 氏(中西印刷株式会社 専務取締役)
 ▼ケーススタディ
  左田野 渉 氏(株式会社ブッキング取締役営業企画部長)
  藤本 仁史 氏(株式会社紀伊國屋書店〔電写本〕
         システム営業本部 ドキュメントシステム部長)
  眞 田 毅 氏(株式会社デジタル・パブリッシング・サービス
         代表取締役副社長)
 ▼パネルディスカッション
  発表者全員(コーディネーター 植村 八潮 氏)


←熱気溢れる会場

 《編集者の集い》は、当初は内輪の勉強会であったのだが、ここ数年、テーマによっては協会外部にも呼びかけ、参加者を募ってきた。今回も書協の電子出版委員会・著作権委員会に呼びかけ、メーリングリストや印刷関係の業界誌でも案内した結果、予想を超える88名の参加者があった。また、3時間半におよぶ長丁場にも関わらず、途中退席する人はほとんどなく、オンデマンド出版への関心の高さがうかがわれた。

 ▼中西氏の基調講演

 基調講演は、学術専門書の印刷に定評のある京都の老舗・中西印刷の中西専務にお願いした。中西氏には、『活字が消えた日』(晶文社、1994年)、『印刷はどこへ行くのか』(同、97年)などの著書があり、後者のなかでは、すでにオンデマンド印刷を紹介している。また最近では、オックスフォード大学出版局と提携し、日本における英文学術雑誌の海外への発信というプロジェクトによって各界の注目を集めている。

←中西秀彦氏

 中西氏の講演は「オンデマンド出版とは?」に始まり、旧印刷システムとの比較、コピー機進化型のドキュテックや印刷機型のクイックマスターなど、さまざまな方式とその特徴、利用形態、森林資源の問題を含む社会的背景、インターネットを軸とする技術的背景から将来への期待におよぶ充実した内容であった。
 森林資源の枯渇の問題については、開会の挨拶に代えて私も簡単に触れたが、大量生産→大量の返品→断裁処分というサイクルが、いつまでも許されるわけはないだろう。現状のオンデマンド出版が直ちにそれを改善する力となりうるかどうかは疑問だが、「必要な人のために必要な部数を」というオンデマンドの考え方自体は、出版人であるかぎり無視できないはずだ。そしてその実現のためには、インターネットによる受注・製作・配本システムの一体化が不可欠であることも、中西氏は指摘した。

 ▼オンデマンド3社がめざすもの

 3社によるケーススタディは、1社あたり20分と時間が短く、配布された資料の説明にとどまったのは致し方のないところだろう。
 その中では「ブッキング」左田野氏の、「これから各出版社を回ります。土下座してでもコンテンツの提供をお願いしたい」という発言が印象に残った。
 なぜ、「土下座してでも」なのか。ブッキングが扱うのは、出版各社が、売れないから品切・絶版にしている書籍である。誰が考えても、そのような商品だけで採算がとれるはずはない。「土下座してでも」欲しいのは、単なるコンテンツではないのだろうと思う。
 パネル・ディスカッションではコーディネーターを務めた植村氏が、「オンデマンド各社は印刷会社なのか出版社なのか」という問いを提起していた。権利関係の処理や経費の流れにも関わる重要な問題である。しかし、個人的な印象では、そのどちらでもないような気がする。おそらく、オンデマンド各社がめざしているのは、一種の情報産業なのだ。
 ブッキングのサービスには、電子在庫管理、電子商取引が含まれている。紀伊國屋書店のサービスにはデジタルコンテンツのネットワーク販売、ホームページの製作・運用管理がある。デジタル・パブリッシング・サービス(DPS)の場合も企画の立案から販売データのフィードバックまでを自社の役割としている。このような、インターネットを介した出版社との新たな結びつき、読者をも取り込んだ書籍業界の再編成こそが、各社の目標ではないのかという印象を持った。だとすれば、大手取次店や書店が、こぞってこの事業に参入してきたことが理解できる。――ただし、これは私見にすぎない。協会、あるいは編集部会の公式見解ではないことを明記しておかねばなるまい。
 単にオンデマンド出版をするのであれば、上記3社に依頼する必要など、本来はどこにもない。オンデマンドの機械を持っている印刷会社にデータを渡せばいいのであって、この場合は単なる印刷・製本様式を変えた重版だから、権利関係もそれほど複雑なことにはならない。経費も安くつくはずだ。上記3社に依頼するのであれば、出版社の側も、採算だけではなく、各社が提供する情報・サービスにどれだけの価値を認めるか、それをいかに利用するか(いかにして利用できる態勢を作るか)を考えなければ意味がない。

 ▼DTPあってのオンデマンド

 散会後、中西氏と居酒屋でしばし懇談する機会を得た。そこで再確認できたのは、「DTPあってのオンデマンド」ということだった。スキャニングデータの利用は過渡期的な形態にすぎない。組版データ自体を利用するのが理想的だが、CTSの場合には変換に相当な手数と費用がかかる。それに対して、DTPであればたいていの場合はそのまま利用できるからだ。
 雑誌の世界では今やDTPは常識だが、書籍出版界にはDTPを安かろう悪かろうの典型としか見ていない人も多い。さらに、デジタルデータは誰のものか、誰が、どのようなメディア・形式で保存するのかついて、きわめて曖昧なままに放置されているケースが多いように見受けられる。オンデマンド出版を考えるならば、まずデジタルデータの保存とその蓄積について、真剣に考えなければならないだろう。(二次利用できる)デジタルデータの価値は、紙型やフィルムとは比較にならないほど高いのである。
(法政大学出版局)



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