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21世紀社会における協同組合の新地平
白石 正彦
1、世界最大の民間組織としての協同組合と国際協同組合同盟
1995年にコペンハーゲンで開かれた国連社会開発世界サミットのための背景資料によると「協同組合人の総数は世界で8億人にのぼると推定され、加えて1億人の人々が協同組合に雇用されている。……協同組合事業によってかなりの程度生活が保証されている人々の総数は30億人に達し、これは世界の半分の人口にあたる。」と、非営利協同組織としての協同組合の現代的意義を強調している(ICA. Review of International Co-operation Vol.88, No.3)。
1895年に創設された国際協同組合(International Co-operative Alliance、以下ではICAと略す)は、本部を現在、スイスのジュネーブに置き、世界の大部分の協同組合が加盟し、1998年には会員は93カ国、組織数(国際組織4を含む)は236組織、単位協同組合数は約75万でその傘下の組合員は1998年現在7億3000万人と世界最大の民間組織である。しかも、組合員数の57%がアジアであり、アメリカが25%、ヨーロッパが16%、アフリカが1%とアジア・アメリカの比重が高い。
このように従来、協同組合といえば1844年に創立された英国のロッチデール公正先駆者組合やフランスの労働者生産協同組合、ドイツの農村部のライフアイゼン系あるいは都市部のシュルツ系の信用組合(両組織は1972年に統合)、デンマーク・オランダ等の農業協同組合などの自発的で自助組織としての伝統的なイメージはヨーロッパが中心であるが、現段階ははるかにグローバルな広がりをみせアジアとアメリカで7割の組合員数を占めている点が注目される。
ちなみに、日本からは、ICAに(1)全国農協中央会、(2)全国農業協同組合連合会、(3)全国共済農協連合会、(4)農林中央金庫、(5)全国新聞情報農業協同組合連合会、(6)家の光協会、(7)全国漁業協同組合連合会、(8)全国森林組合連合会、(9)日本生活協同組合連合会、(10)全国労働者共済生活協同組合連合会、(11)日本労働者協同組合連合会など11の全国組織が加盟し、単位協同組合数は3860、組合員数は約4300万人である。
2、協同組合の定義・価値・原則と実践現場
世界最大の民間組織としての協同組合が結集しているICAは、1937年に協同組合原則(七原則)を制定し、1966年には協同組合原則の改定(六原則)を行った。さらに、1995年には、協同組合の定義・価値・原則を包含した「協同組合のアイデンティティに関するICA声明(ICA Statement on the Co-operative Identity)」を英国のマンチェスターで開催されたICA創立100周年記念大会の論議をふまえて総会で決定した(Ian MacPherson:Co-operative Principles for the 21st Century, ICA, 1996)。
ICA声明の「協同組合の定義(Definition)」の中で「協同組合は、人びとの自治的な組織(an autonomous association of persons)であり、自発的に手を結んだ人びとが、共同で所有し民主的に管理する事業体(a jointly owned and democratically-controlled enterprise)を通じて、共通の経済的、社会的、文化的なニーズと願い(their common economic, social, and cultural needs and aspirations)をかなえることを目的とする。」と協同組合の組織主体、手段、目的を明確にしている。
「協同組合の価値(Values)」の中で「協同組合は、自助、自己責任、民主主義、平等、公正、連帯という価値を基礎とする。協同組合の創設者たちの伝統を受け継ぎ、協同組合の組合員は、正直、公開、社会的責任、他人への配慮という倫理的価値を信条とする。」と協同組合が堅持する価値ならびに組合員が堅持する倫理的価値を鮮明にしている。
さらに、協同組合がその価値を実践するための指針である「協同組合原則(Principles)」として、(1)《第1原則》自発的で開かれた組合員制(Voluntary and Open Mem-bership)、(2)《第2原則》組合員による民主的管理(Democratic Member Control)、(3)《第3原則》組合員の経済的参加(Member Economic Participation)、(4)《第4原則》自治と自立(Autonomy and Independence)、(5)《第5原則》教育、研修、広報(Education, Training and Information)、(6)《第6原則》協同組合間協同(Co-operation among Co-operatives)、(7)《第7原則》地域社会への関与(Concern for Community)の7つの原則を掲げ、そのうち1から3までは協同組合内部の原則、4から7までは協同組合の内と外に関わる原則である。また、《第4原則》自治と自立と《第7原則》地域社会への関与は、1937年原則や1966年原則にはなかった21世紀型の新しい原則である。
以上のうち《第2原則》組合員による民主的管理については、「協同組合は、組合員が管理する民主的な組織であり、組合員は、その政策立案と意思決定に積極的に参加する。選出された役員として活動する男女は、すべての組合員に対して責任を負う。単位協同組合の段階では、組合員は平等の議決権(1人1票)をもっている。他の段階の協同組合も、民主的方法によって組織される。」と組合員の参加型民主主義ならびに男女協同参画型の役員の役割を明確にしている。
さらに、《第7原則》地域社会への関与については、「協同組合は、組合員が承認する政策にしたがって、地域社会の持続可能な発展(the sustainable development of their communities)のために活動する。」と協同組合の社会的責任を明確にしている。
以上のICA声明の策定にあたっては、1993年のICA総会でICA原則改定・宣言検討委員会(委員長はカナダのビクトリア大学イアン・マクファーソン教授・協同組合の歴史学者)に原案作成が委嘱され、私も7人のメンバーの1人としてこの作業に参画する機会に恵まれた。第1回は、1993年9月にスイス・ジュネーブのICA本部、第2回は1993年12月にメンバーの1人であるハンス・ミュンクナー教授(協同組合の法学者)が所属するドイツ・マールブルク大学、第3回は1994年4月にメンバーの1人であるイエフーダ・パズ博士(所長)が所属するイスラエル・テルアビブにある協同組合研究所、第4回はチェコ・プラハのチェコ協同組合中央会で開催され、私も日本や諸外国の協同組合関係者の意向や日本・韓国等の協同組合学会の意向も集約しつつ、これらの会合で論点の意見表明と具体的な原案策定に関わってきた。
これらの策定過程の論議や決定された「協同組合のアイデンティティに関するICA声明」の意義については、白石正彦「二一世紀に向けての協同組合原則―アイデンティティ声明と宣言―」(白石正彦監修『新原則時代の協同組合―持続的改革に向けて―』(家の光協会、平成8年)の中で私の見解を明らかにしている。
日本の協同組合の実践現場の動向をみると、以上のICA声明をふまえて例えば全国農協中央会において平成9年に第21回JA大会で「JA綱領―わたしたちJAのめざすもの―」を決定した(私もこの検討委員会メンバーとして関わってきた)。その前文には「わたしたちJAの組合員・役職員は、協同組合運動の基本的な定義・価値・原則(自主、自立、参加、民主的運営、公正、連帯等)に基づき行動します。そして、地球的視野に立って環境変化を見通し、組織・事業・経営の革新をはかります。さらに、地域・全国・世界の協同組合の仲間と連携し、より民主的で公正な社会の実現に努めます。このため、わたしたちは次のことを通じ、農業と地域社会に根ざした組織としての社会的役割を誠実に果たします。」とICA声明の内容を盛り込んでいる。
3、市場経済社会における私企業・協同組合・政府
1980年にICAの第27回モスクワ大会に提出・承認を得た正式の報告書である"Co-operatives in the Year2000"(日本協同組合学会訳編、A.F.Laidlaw著『西暦二〇〇〇年における協同組合[レイドロー報告]』、日本経済評論社、1989年)は、カナダの協同組合運動家であるA・F・レイドロー博士によってとりまとめられ、世界的に協同組合の実務家のみでなく協同組合研究者にも大きな反響を呼び起こし、日本や韓国等で協同組合学会の設立の契機にもなった。
本報告書では「公的、私的セクターおよび協同組合セクターのどれをとっても、単独では、現在までのところ、全ての経済問題を解決し、完全な社会秩序をととのえることはできなかったし、……三者が一緒に並んで活動し、相互に補完することによって、人間の力で可能な最良なものを達成しえよう。」、「協同組合セクターは、思想的には他の二つのセクターの中間の位置を占める。すなわち、いくつかの点では公的セクターに似ており、その他の点では私的セクターに類似しているが、概して両者から最も望ましい特質を採用しようとしている。」「協同組合は私企業とは区別される立場にあり、その目的や方法の多くに反対しているが、同時に協同組合人は、社会的秩序のなかで資本主義の各付けによいものと悪いものがあるということを認める。」「一方では国家に対する、他方では私的セクターに対する協同組合の立場は、当然、時によって多面的かつ柔軟でなければならない。」「協同組合思想は一方では極端な国家主義、他方では圧倒的で貪欲な資本主義という両側面から脅かされている。」と当時の社会主義諸国や第三世界の政府による協同組合への干渉、ならびに第三世界における金貸しなど小商人による収奪を批判している。
さらに、協同組合の将来の選択として、(1)第一優先分野―世界の飢えを満たす協同組合(人類の食糧の分野での貢献)、(2)第二優先分野―生産的労働のための協同組合(雇用を創造する労働者協同組合の新しい役割)、(3)第三優先分野―保全者社会のための協同組合(消費者協同組合の革新)、(4)第四優先分野―協同組合地域社会の建設を強調している。
ICAは以上のような国際協同組合運動の将来展望を明確にし、ヨーロッパ以外では初めてアジアの東京で開催されたICA第30回大会では、スウエーデン協同組合学会のS・A・ベーク会長がICA「協同組合の基本的価値」プロジェクト座長として取りまとめた『変化する世界における協同組合の基本的価値(Co-operatives Values in a Changing World)』が採択された。ベーク座長は、この中で協同組合が取り組むべき「グローバルな基本的価値の枠組みについての勧告」として、(1)ニーズに応える経済活動(Economic Activities for Meeting Needs)、(2)参加型民主主義(Participatory Democracy)、(3)人的資源の発揚(Human Resouse Development)、(4)社会的責任(Social Responsibility)、(5)国内的・国際的な協力(National and International Co-operation)の重要性を提起すると共に、1966年のICA協同組合原則の改正を提起し、この流れの中で前述したように1995年に「協同組合のアイデンティティに関するICA声明」が決定された。なお、これらの基本的価値・原則の論議の意義については、白石正彦監修『協同組合の国際化と地域化―二一世紀の協同組合像を展望する―』(筑波書房、1992年)の中で私の見解を明らかにしている。
4、21世紀社会における協同組合の新地平
各地域の協同組合がICAに結集しながら、21世紀社会における協同組合の新地平をいかに切り開くかが大きな課題である。この点について、1999年に開催されたICAケベック大会でイアン・マクファーソン教授は「新千年紀に向けての協同組合の挑戦」として(1)組織的な変革〈より良い管理水準の達成〉(O)、(2)特異性の発揮〈地域への密着性〉(P)、(3)技術革新〈コミニケーションの距離的障壁の克服〉(T)、(4)国際的なつながり〈境界線を超えてネットワークやパートナー関係〉(I)、(5)動員〈広範囲な財政的・人的資源の動員、伝統的な境界線を超えた資源プール〉(M)、(6)包含〈ヘルスケアーなど社会的協同組合、市民社会の維持〉(I)、(7)社会的関与〈環境問題、食品の安全、貧困の低減などのための新事業の開発〉(S)、(8)組合員〈組合員を脱退させない方法、組合員であることの意味、組合員と協同組合間の関係拡大〉(M)の8つのキーワードをまとめた「OPTIMISM=楽観主義」を強調している。
また、グローバルな市場経済化は、「勝者がすべてをとる、ひとり勝ちの社会」という弱肉強食の競争激化を伴い、ロベルト・ロドリゲスICA会長はICAケベック大会で「集中が今日の経済モデルの一面であるとすれば、他の一面は排除です。……その最悪の結果が失業です。」と市場経済の失敗(負の側面)を警告し、「協同組合は包容的(inclusive)組織であり、排除の組織ではありません。」と協同組合運動の現代的意義を強調している。
(東京農業大学国際食料情報学部教授)
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