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科学する目 1
生物の名前
青木 淳一
日本の場合、ほとんどの生き物は3種類の名前を持っている。和名、俗名、学名の3つである。
例をあげれば、ヒグラシは和名、カナカナは俗名、Tanna japonensisは学名である。和名と俗名をまとめて日本語名といってよい。つまり、いくつかある日本語名の中の1つを選ぶか、あるいは新しく考案したものを和名(標準和名ともいう)とし、あとはすべて俗名あるいは地方名とよばれる。そのへんが一般にはよく理解されておらず、ある新開には「ツキミソウ(学名オオマツヨイグサ)」などと書かれていた。カタカナで書かれたものは、学名ではありえない。学名とはラテン語、ギリシャ語、またはラテン語化・ギリシャ語化された言語で、世界共通のものである。しかも、国際動物命名規約あるいは国際植物命名規約にしたがって、命名しなければならない。
そこへいくと、和名のほうはもっと自由で、図鑑などで最初につけられたものが和名として使われていくことが多い。和名のつけかたにも、色々ある。たとえば蝶を例にとると、カラフトタカネキマダラセセリ、オオウラギンスジヒョウモンなど長ったらしい名前は、いかにも学問的であり、和名を見ただけで分類上の所属もきちんとわかるが、なにか味気ない。一方、テングチョウ、ヒオドシなどパッと見でつけた名は簡潔で親しみやすい。もっとも長い名前としては、私の知るかぎり、昆虫ではタケトビイロマルカイガラトビコバチ、貝ではツギノワタゾコシロアミガサモドキがあるが、こうなると、どこで切って読んだらよいのかわからない。ツギノ・ワタゾコ・シロ・アミガサ・モドキとすれば、やっと読める。形態的特徴や分類に開係なく、印象でつけられたいい名前は植物のほうに多い。ヒトリシズカなどはすばらしい名前だし、ジゴクノカマノフタ(地獄の釜の蓋)などは実におもしろい。
私たちがふだん使っている生物名には、種名と類名が混じっている。
魚屋さんの店先でも、ムツ、カツオ、ブリ、サンマ、アンコウは1つの種を指す「種名」であるが、アジ、サバ、マグロ、タイ、カレイ、ヒラメは複数の種を含む「類名」(または「総称」)である。もともと、タラ、アジ、イワシなどは種名の場合もあるし、類名の場合もあったが、それでは困るので、種名を意味する場合には「マ」(「真の」の意)をつけて、マダラ、マアジ、マイワシとよぶことにしている。もっとも、魚屋さんの店先でのよび名はまことに不正確というか、いい加減で、売れやすいように勝手に名前を変えている。たとえば、ギンダラをムツ、トコブシをアワビ、貝殻から出して刻んだアカニシをサザエと名札をつけていたりする。私はこれは詐欺だと思っている。肉屋さんでヒツジの肉を牛肉として売ったら罰せられるのに、なぜ魚屋さんだけが許されるのだろうか。世の奥様がた、魚介類の図鑑だけは手元において、勉強していただきたい。
生物名に関しては、必ずしも名は所属を表さない。アマダイは決してタイの仲間ではなく、ベラの親類である。赤い魚をひっくるめて「〜ダイ」とよんでしまっているのである。ヘビトンボはトンボではないし、コウガイビルはヒルではない。ウメノキゴケはコケではなく、地衣の一種である。でも、こんな名前は不正確だから変えろという人はいない。
ところで、地球上の生物にはすべて名前がつけられていると思っている人がいたら大間違いである。現在、命名された動植物は世界で140万種といわれている。しかし、これは地球上の全生物のほんの一部にすぎず、まだ名前のついてない種にすべて命名したとしたら、それは1億種を超えるだろうと堆定されている。つまり、世界の生物種の1.4%未満しか名前がついていないことになる。
分類学者の命名作業は永遠に続く。
(横浜国立大学)
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