助成出版と大学出版部
科研費補助金の分析を中心に
小野利家
はじめに
経済不況の拡大は出版業界にも深刻な打撃を与えつつある。出版販売額の規模は10年前の1992年度のレベルまで縮小したといわれる。とりわけ、われわれ大学出版部の中核となる専門書・学術図書の分野は、市場規模が小さいゆえに目立った数値が報告されることは少ないが、たとえば返品率の漸増にみられるように明らかにボディブローは効いてきているのである。
そうしたなかで、大学出版部が不調に陥っているといった声を聞かないのはまことに幸いというほかない。むしろ、新たな出版部創設の希望が多いという。これは、その意図するところはさまざまであろうが、大学当局の庇護など何らかの助成を前提としてはじめて構想自体が成り立っているものと思われる。じっさい、大学出版部と助成出版の関係は密接不可分の関係にある。現在の協会所属の大学出版部でも、ごく一部の特殊な例を除いて大半が助成金を得ての出版をおこなっている。以下にレポートするのは、われわれ大学出版部における助成出版の実態を、主として文部科学省科学研究費補助金・成果公開促進費「学術図書」(以下、「科研費出版助成」と略す)の歴史的推移などを中心に分析し、そこから予見できる助成出版と大学出版部のあり方などについて若干の提言を試みたい。ここで、あえて科研費出版助成に注目するのも、現下の経済状況では、残念ながら民間の財団等による出版助成には大きな期待をよせることは当面困難になっている一方、科研費出版助成はいまのところ順調に推移しており、相対的に大きな意味をもちつつあるように思われてきたからである。
以下、本レポートでは、主に科研費出版助成については『文部省科学研究費補助金採択課題・公募審査要覧』(各年度版)、大学出版部の助成出版の実態については本年7月下旬に実施したアンケート調査の資料を使用したことをあらかじめお断りしておく。
科研費出版助成の推移
科研費出版助成は戦後すぐの昭和22(1947)年の「学会誌出版補助金」により制度化されたといわれる。その後、「研究成果刊行費」(昭和40年)、「研究成果公開促進費」(昭和61年)と呼称を変えて今日にいたっている。この名称の変更は、科研費による研究成果公開補助金の中身の変化をそのまま反映しているといえる。制度発足当時は、学会誌=学術定期刊行物が主流であった。その後、単行の一般学術図書部門が充実するにつれて事実上「刊行物」というかたちで一本化され、さらに近年になってデータベース等の電子化による成果公開が急伸するにおよんで、それらをも包括する名称に改変されたのである。それぞれ三部門の配分額(交付決定時点)の、近年20年間の大まかな推移をみたのが図表Bである。また、これに対応する科研費全体(ただし地域推進研究費、特別研究奨励費、間接経費等を除く新規・継続の総計)と研究成果公開促進費を対比してみると図表Aのようになる。
図表A 科研費と研究成果公開促進費の推移(単位千円)
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科研費 (新規・継続) |
研究成果公開 促進費(比) |
1981(昭和56) | 31,234,900 | 730,810(2.3%) |
1985(昭和60) | 35,806,230 | 757,680(2.1%) |
1990(平成02) | 50,561,910 | 1,198,470(2.4%) |
1995(平成07) | 74,254,580 | 2,132,260(2.9%) |
2000(平成12) | 98,628,500 | 2,604,800(2.6%)
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図表B 研究成果公開促進費の配分推移(単位千円)
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定 期 刊行物 |
学術図書 |
二次刊行物・ データベース |
1981(昭和56) | 443,090 | 164,130 | 123,590 |
1985(昭和60) | 495,110 | 145,830 | 116,740 |
1990(平成02) | 529,020 | 316,860 | 352,590 |
1995(平成07) | 679,960 | 571,700 | 880,600 |
2000(平成12) | 750,600 | 626,600 | 1,227,600
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まずAからみていくと、この約20年間のあいだに科研費全体が約3.2倍、研究成果公開促進費が3.6倍になっている。伸び率では科研費全体より研究成果公開促進費のほうが若干たかく、国の政策自体が、研究成果の普及に力を入れていることがうかがえる。しかも、その力点の置き方には明らかに差があり、データベース等の電子情報による成果公開にかなりシフトしてきていることは、大いに注目すべきであろう。伝統的なペーパーによる単行学術図書への助成も依然堅調ではあるが、長期的にみれば相対的な伸び率の低下は否めない。われわれの主たる事業である「学術図書」が、近い将来に大きな変革期に突入することをこれらの数値は予言しているかのようである。
科研費出版助成のなかの大学出版部
では、われわれ大学出版部の学術図書の助成出版は、科研費出版助成のなかでどのようなポジションにあるのだろうか。その大まかの指標として、採択件数のシェアと採択率をみてみよう。採択件数は、10年前の平成3年度が164件中21件で12.8%、同8年度が341件中41件で12.0%、同12年度が358件中49件で13.7%を記録していて、ほぼこの10年間では12〜13%台を維持していることがわかる。15年前の昭和60年度が6.7%であったから、大学出版部の科研費出版助成のなかに占める割合は確実に上昇しているといえよう。もちろん、この間に大学出版部の増設ということもあったので、個々の大学出版部の力量が高まった結果であるとばかりはいえまい。むしろ、虚心に、大学というわが国の最有力研究機関を母体とする出版部としては、一般的にはまだまだこの程度に低迷しているという印象すら与える現状ではないだろうか。
もうひとつの指標である採択率については、先のアンケートの結果、全国平均との比較ができる。近4カ年しかデータがないが、平成9年度70.1%(全国平均65.8%)、同10年度66.3%(同58.1%)、同11年度64.1%(同50.9%)、同12年度57.7%(同53.8%)と、いずれの年度も大学出版部のほうが全国平均の採択率を上まわっているのである。最低で3.9ポイント、最高で13.2ポイントの差である。これは明らかに誇るに足る数値だといえよう。(1)大学出版部が申請した原稿(研究成果)のほうが、総じて他のものより多くの割合で審査をパスした、(2)より良質の原稿を提出し、それを学術図書として公開=刊行できたということの証明である。この二つの結果は、ある意味で、現在の大学出版部の学術出版におけるポジショニングを明瞭に示していると思われる。ひとつは量的にはまだまだ大学出版部はわが国の学術出版の中核にはなりえていないこと、しかし一方では、質的にはいちおうの合格点がつけられそうなこと、この二点において。
助成出版と大学出版部の経営
ところで、助成出版はほとんどの大学出版部で実施されているが、その割合はどの程度のものであろうか。つぎに、ここで大学出版部経営という視点から、助成出版の規模についてふれてみたい。先ごろのアンケートでは、協会所属26大学出版部中回答のあったのが23大学であるが、助成出版をおこなっているのがほぼ9割の20大学であった。
これらのうち、出版助成金額が総売上げのなかで占める割合を調査したところ、約半数の9校が10%未満であった。これらの大学出版部では、出版助成そのものはあまり経営を左右していないといえる。その一方で、4校が20%を超えるという回答をよせている(いずれも近4カ年平均)。このグループにとっては、助成出版の多寡がストレートに経営に影響をおよぼしていると思われる。しかも、いずれもが学術図書中心で新刊の発行点数も20〜40点の中堅出版部といったところで、大学出版部の一典型をなしている。それらの経営が、言葉は悪いが、助成出版に依存せざるをえないこの実状は、わが国の大学出版部のあり方を象徴しているともいえよう。
さて、助成出版のなかで、では、科研費出版助成はどの程度の比率を占めるのだろうか。そもそも、科研費出版助成をうけた経験のある大学出版部は23大学中13大学で、約6割である。この数字はけっして大きいものではない。しかし、助成出版全体に占める科研費出版助成の割合が4割を超える大学出版部は6大学ある。これらの大学出版部は、ほぼ継続的に科研費出版助成にトライしているいわば常連である。先に科研費出版助成の大学出版部シェアを示したが、この大半がこれらの常連で占めていたのである。その意味では、常連以外の大学出版部にまだまだチャレンジする余地が残されているといえる。
科研費出版助成へのさらなる挑戦を
科研費出版助成を中心に、われわれ大学出版部の助成出版の現状をごく大雑把にみてきたが、最後に若干の提言を試みてみたい。
この稿ではあまりふれなかったが、まず採択率と充足率(申請額に対する交付決定額の割合)の関係について。これは、ご承知のように当事者であるわれわれにとって最大の関心事で、毎年度一喜一憂させられている「成績表」であるが、この変動が激しいのである。平成12年度、13年度は採択率が低く(厳しく)50%超程度、充足率が60〜70%と高くなる傾向をみせているが、これが定着するかどうか。この20年間の推移では、2〜3年周期で門戸(採択率)を広くしたり狭くしたりのジグザク状態をくりかえしているが、その政策的意図が不明のままである。狭く、バーを高くするならするで一貫性がほしい。当局者に強くこの点を要望しておきたい。
対するわれわれには、研究者の最も身近な存在として、改めてその成果公開(科研費による助成出版)にさらに一段の積極的取組みが求められるだろう。12〜13%のシェアというのは、学術出版の大学出版部の一指標としてはいかにも低い。あと5ポイント程度の上乗せが必要ではないか。もとより、各大学出版部の出自や独自の方針によって教養書、教科書等に特化しておられるところは別として、学術出版に関するかぎり、一般的には大学出版部に対する社会的認知、期待はもう少し上のところにあるのではなかろうか。科研費出版助成の未経験校が10校もあるのは、いかにも淋しいかぎりである。幸い、今回のアンケートでは、こうした未経験出版部から今後は積極的に対応したいという意見が出されている。大いに期待したい。いずれにせよ、この課題に応えるには、いかに密に研究者と接しうるかということであろう。それにより、研究成果の第一次情報をいかに素早くキャッチするかであろう。そのためには、結局われわれの組織基盤の強化というところに行き着くが、これはまた、おのずから新たな問題を提起する。今回は、この点を示唆するだけにとどめて、この稿をとじたい。
(京都大学学術出版会)
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