ブルースの四季 春

洪水の歌

湯川 新





 ブルースの歌謡は、あくまで「私」の抱えたトラブルをつづる歌で、男女関係にまつわるものが過半を占めるが、季節というフィルターに照らしてみると、とくに1920年代と30年代のブルースでは、花鳥風月の変化をめでるというよりも、過酷な「自然」の変化に翻弄されながら、それを活写する視線がうかがわれる。そして春のトラブルといえば、何よりもまずは「洪水」であった。
 逆流がサムナーの至る所まで上がって、俺は線路際まで追いつめられた/逆流がサムナーの至る所を巻き込んで、哀れなチャーリーは線路際まで追いつめられた/みんなに知らせよう。逆流でこの町は全滅だ(チャーリー・パットン)。
 類例のスタンザは、1920年代、30年代に、ミシシッピー川はメンフィス以南、ニューオリンズに至る地域で活動したブルース歌手の録音に頻出する。なぜであろうか。これは、ブルースメンを輩出した風土、ミシシッピー川の中下流域と関連する問題である。
 ミシシッピーは、カナダ国境に隣接のミネソタ州に端を発する傾斜は希薄にして流水量の多い大河で、西部からは、ミズーリ川、アーカンソー川、レッド川、東部からは、オハイオ川、ヤズー川などが合流する。この川が、ミズーリ川そしてオハイオ川の合流点以南、とりわけメンフィス以南、北緯35度から30度の周辺の肥沃にして広大な農地で春になるときまって氾濫した。この地域の春の降雨量もさることながら、オハイオ川とミズーリ川の増水が天候の不具合で合致して生ずる出来事だった。
 その氾濫の最大の惨事が、1927年4月、ミシシッピー州のグリーンヴィル付近の堤防の決壊にはじまって6週間つづいた。最大の被害者は、堤防に隣接する低地の農場に居住する、プランテーションに雇用された黒人たちであった。被害の大きさがあまりに巨大で、ブルースにはまれな伝説体の、幾多の「逆流のブルース」が登場した。
 先に引用した歌手のチャーリー・パットンは自身でこれを体験したようだが、歌詞に登場するサムナーとは、ミシシッピー川に合流するヤズー川の支流、タラハッチー川に隣接する鉄道駅のある町である。この周辺は通称デルタ地域とも呼ばれて、パットンに加えて、トミー・ジョンソン、サン・ハウス、ロバート・ジョンソンをはじめとする音楽家を生み出した土地柄である。生前の彼らは周辺区域を徘徊する放浪音楽家たちであったが、レコードを通じて、北部に移動した黒人たちにも受け入れられた。当時のブルースは、レイス・レコード、つまりは黒人のための黒人の音楽だった。
(ゆかわ・あらた/音楽社会学者)



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