科学する目 5

雄と雌

青木淳一



 一般には、動物の雄は雌よりも大きくて強いものと思いこまれている。ライオンにしても、クワガタムシにしても、確かに雄は大きくて立派で、力強い。
 しかし、カエルの雌の上に乗っかっている雄は小さくて、まるで親が子をおんぶしているようだ。カマキリが交尾している姿を見ても、雄は雌よりもずっと小さく、交尾中に雌に食べられてしまう哀れな存在である。ジョロウグモでは雄の体重は雌の何十分の一にもならないくらい小さい。たった一秒の間にさっさと交尾をすませて逃げないと雌に食われてしまう。ミツバチの社会でも、雌(女王)が巣の中心として永く君臨する。雄(王)は種付けの役が済むと、働き蜂によってたかって殺され、巣の外に放り出されてしまう。
 生物界では雌のほうが雄よりも大きくて力強いというほうが一般的なのであり、雄は小さく、か弱く、美しいというのが相場である。「雌雄を決する」などという言葉があるが、生物界全体を見渡したら、こんな言葉は出てこないはずである。人間社会では、最近の男の子がおしゃれをし、なよなよとして男らしくないと嘆くオジサンたちが多いが、本来、雄はか弱く、美しいものである。その点では、人間の男の子は本来の雄の姿を取り戻しているともいえるのである。
 ライオンの雄は確かにたてがみも立派で体も大きい。しかし、狩りに出て獲物を捕ってくるのは雌の役目である。雄はただ子どもとじゃれあってゴロゴロしている。人間のお母さんが買い物にいって料理をし、お父さんがテレビを見てゴロゴロしているのと同じである。本来、雄の役目はあまりないのである。
 動物には雄と雌があるのが当たり前のように思われがちであるが、実は雄がいない種類の生物もある。ダニ類のなかには雌だけで増え続けていく種がかなりあり、単為生殖とか処女生殖とかいわれる。これは種の分散にたいへん都合が良く、たった1匹の雌が風で飛ばされて新天地にたどりつけば、そこで苦労して雄を探すまでもなく、1人で卵を生み、繁殖していけるのである。もちろん、雄は生まず、雌だけを生み続けていく。
 人間では性転換というとたいへん興味深い話題になるが、性転換を普通に行っている生物もある。クロダイは若いうちは雄であるが、やがて雌に変身する。若い雄は精子を放った後、雄の生殖器が退化し、代わって卵巣が成熟してくる。したがってクロダイの場合、男としての体験は若いうちだけであり、女としての体験はある程度年取ってからだけとなる。それでも一生の間に男女の両方を体験できるなんて羨ましいという人が多いだろう。
 案外知られていないことであるが、ミミズには雌雄の区別がない。つまり、雄のミミズ、雌のミミズといったものがないのである。どういうことかというと、1匹のミミズの体内に精巣と卵巣の両方がある。それなら1匹で受精ができるかというと、そうはいかない。2匹のミミズが体を密着させ、雌の穴と雄の穴をあてがい、互いに精子を送り込むのである。カタツムリも同様で、2匹が角のつけ根にある生殖孔の近くから恋矢と呼ばれる槍のような突起を出し、これを互いに相手の生殖孔に挿入して精子を送り込む。「それは羨ましい」などと言っているのは誰ですか。
 一方、雄と雌がまったく出会わないで受精するものもある。土の中に住むササラダニ類では、雄が精子の入った風船のようなものを置いていき、それを雌が探し当てて体内に取り込んで受精する。つまり、雄は雌のために贈り物を置き、いつか雌がそれを拾ってくれることを期待して立ち去っていく。「そんなの、つまらない」と言っているのは誰ですか。
(神奈川県立生命の星・地球博物館館長)



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