科学する目 6
騙しのテクニック
青木淳一
亜熱帯や熱帯の森を歩いていると、生物が生き延びるために、さまざまな騙しの技をもっているのに感心させられる。もっとも多いのは「隠れ」の技である。枯れ葉にそっくりなコノハチョウは有名であるが、カレハカマキリも地面に落ちている落ち葉と区別がつかない。ナナフシムシの一種でイネ科の植物の枯れた茎にそっくりなのがいて、しかもそれが腐りかけてカビが生えているところまで細工をしてあるのには、驚いた。
ムシクソハムシなんてケムシの糞にそっくりで、笑ってしまう。ほとんどがかれらの捕食者である鳥に対する対策であって、人間よりも目のいい鳥を騙すためだから、それはもう凝りに凝るわけである。
シャクトリムシ(シャクガの幼虫)は後ろのほうの足で木の幹に付着し、体の前のほうをピンと斜めに伸ばしていると、その形と色が小枝にそっくりである。山で仕事をする人たちが昼食時にこれを枝と間違えて土瓶をひっかけると、土瓶が落ちて割れてしまう。そこで、この幼虫のことを「どびんわり」というのだそうな。
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後翅に目立つ眼状紋をもつアケビコノハ
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隠れるのではなく、逆に目立つ「脅し」の技もある。アケビコノハという蛾のなかまが、枯れ葉にそっくりな前翅をずらすと、突然後翅の表面に描かれた大きな目玉模様が現れる。大型のフクロチョウの後翅の裏面は灰色で、そこに大きい目玉模様があるので、一見して梟に見え、小鳥は逃げ出すのだろう。ボルネオの原生林の大木の幹に円形に密集していたキジラミに私が近づくと、かれらは一斉に放射状に広がって塊を広げる。小さい円が急に大きい円になるので、見るものはびっくりする。広がっても密度は均等である。キジラミ同士でどういう打ち合わせがしてあるのか、まったく不思議である。
脅しの中でも、ずるいのは危険な種に似せる技で、擬態と呼ばれている。毒針をもつ蜂にそっくりな黒と黄色の縞模様をもつハナアブがいる。アブの中にはウシアブのように刺すやつもいるが、ハナアブは菜の花などの花の蜜を吸うだけで刺さないのに、怖がられる。トラカミキリは見事にスズメバチに化けている。クチナシの花によく飛んでくるスカシバという蛾も翅が透明で蜂にそっくりである。
ドクチョウのなかまは苦いらしく、鳥が敬遠して食べない。その翅は独特の細かい白黒のまだら模様になっている。これに目をつけて真似する無毒の蝶がたくさんいることも知られている。
これらはみんな外敵から逃れるための技であるが、餌を掴まえるために隠れる場合もある。さきほどのカレハカマキリなどは、鳥の目を騙す意味もあるが、カマキリと気がつかずに近寄ってきた虫を一瞬のうちに捕獲するためでもある。中国の雲南省の森で見たことであるが、幹の表面に付着していたゴミ(と思われたもの)が、急に動きだした。そのゴミを捕らえてアルコール瓶に入れて振ると、ゴミが取れて中から肉食性のサシガメが現れた。このカメムシは自分をゴミに見せかけて近づいてくる虫に飛びついて捕食するのであろう。
このような騙しの技は、寒い地方や乾燥した土地ではほとんど見られない。そこに住む生き物たちにとっては温度、水、栄養源など厳しい環境問題が最重要課題であって、他の生物のことは二の次になる。ところが、気候温暖で水分も餌も豊富な熱帯林では、生活の最大の心配は外敵である。それからいかに逃れるか、さまざまな工夫が発達したのだろう。
人間も食うや食わずの厳しい時代には、お互い仲良くやっている。しかし、今の日本のように衣食足りてくると、騙しのテクニックが横行してくるように思われる。
(神奈川県立生命の星・地球博物館)
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