出版部と生涯学習事業がめざすもの
高野 修司
大学公開講座や大学出版部は、大学にとって収益事業であり文化事業である。だが、収益の点ではどちらも苦戦している現状にある。ではなぜ大学は公開講座を開催したり、出版部を設立するということを考えたのだろうか。
公開講座は収益を期待されていない?
1990年に行われた全国の大学・短大で公開講座担当者を対象としたアンケート調査によると、大学が公開講座を実施する目的は、(1)社会的サービス(4.6点)、(2)大学のイメージアップ(4.4点)、(3)教育・研究の向上(3.8点)、(4)学生募集対策(3.0点)、(5)収益(1.8点)と考えられている(注1)。
では経営的見地に立てばどうか。とくに私学においては、個々の事業の採算性が気になるのは当然のことである。しかし、全国の大学・短大の学長あるいは理事長を対象とした「公開講座を実施するうえで日頃困難を感じていること」という質問において、採算性を問題としたのは私立大学で2.1%。15項目中の最下位であった。現行の生涯学習事業が高い収益を上げているのであれば理解できるが、現実はそうではない。にもかかわらず、このような結果が出るということは、公開講座を収益事業とはみなしていないということになる(注2)。
瀬沼克彰氏の指摘によると、大学公開講座の運営は「片手間仕事型」を脱しきれていないところが多いという。専任職員を配置して、本気で収益を上げようという体制をとりえていないのである。それはもともと収益を期待されていない存在であるからなのか、それとも片手間仕事型でやっているから収益が上がらないのか。
一方、出版部は規模の大小はあるにせよ、専任職員を置いた活動をしている。瀬沼氏のステージ分類でいけば、(3)から(4)が出版部の位置といえよう。
生涯学習テキストの出版
私ども玉川大学にも「継続学習センター」という名前の生涯学習施設がある。開講して8年目を迎え講座数も300を超えているが、いまのところこの大学公開講座のテキストを出版部で刊行した実績はない。公開講座の1講座当たりの受講者数は数十名規模が大半なので、これだけでは出版物としての基礎部数と考えるのは難しい。ただ、なかには200〜300名の講座もある。阿部賢典氏によれば、「教材の採用は担当講師に一任」ということだから、受講者数がある程度みこめる講座であれば、公開講座のテキスト開発も出版部の範疇に入ってくるかもしれない。
出版セクションをもつカルチャーセンターの主催者は教材販売もセットにして収益を上げているという事実もあるので、今後はもっと収益事業部門同士のタイアップが考えられてもよいだろう。
大学における生涯学習を「社会への開放策」と捉えると、その形態は、公開講座に限らない。たとえば、放送大学などの遠隔教育、夜間大学院、通信教育、社会人入学なども当てはまる。ここまで概念を広げると、放送大学や通信教育で使用する「教科書」とのかかわりで、大学出版部との接点が出てくる。
放送大学のテキストは、大学出版部協会加盟校である放送大学教育振興会が、100%編集・製作を請け負っている。年間約320講座、受講者数約9万人というかなりの規模なので、安定した出版活動が成り立っている。
また、慶應義塾、法政、玉川、明星、中央、産能など通信教育部門と出版部をあわせもつ大学はいくつかあるのだが、通信教育テキストの編集・製作に出版部が直接かかわっているところは少ない。玉川を除いては、通信教育テキストの製作に特化した専門部署をもっている。
玉川大学でもかつては通信教育テキストを製作する専門部署が学内にあったが、最近では新規採用されるものの製作はすべて出版部で請け負っている。年により刊行点数は異なるが、カリキュラム改訂があった2000年度の実績は市販もする単行本として2点、通信教育で使用するのみの受託刊行物が10点であった。年間約1000部採用される科目のテキストであれば、それを基礎部数にできるので、多くの部数をみこめる。
市販もする単行本にするか、通信教育テキストに特化するかの判断は、その科目が学部や他大学でも採用される可能性があるかどうかで分かれる。
出版部がめざしていくものとは?
利益が上がっているかどうかは別にして、年間数十点の新刊を刊行し、何億という売上規模の大学出版部であれば、本を通してかなりの人にその大学の名前を知らしめることができる。広報効果はもともと計測化しづらいものだが、公開講座と同様、出版部も大学を広報するという点では効果がありそうである。よくトヨタ1社の売上よりも少なくて、ダイエーの負債額と同じであるとたとえられる、出版界の総売上は2兆3250億円だが、糸井重里氏によれば「出版界が果たしているイメージ効果は20兆円」とのこと。実際の数字以上に、出版が社会に与えているインパクトの強さを示すひとつの例である。
大学出版部の使命としては、「学術専門書・大学教科書・啓蒙書」の刊行が三本柱であると言われ続けてきたが、現状は「学術専門書」をメインとしているところが多い。
大学出版部の存在意義については、先輩諸氏によりさまざまなことが語り継がれてきているので、改めて触れないが、ひとことでいえば「大学にとってのステータス」だろうか。公開講座と同様、「収益事業部門なのだから、収益が上がりさえすればよい」とだけ考えている人はそうはいまい。大学出版は文化事業であり、出版部を自前でもち、地道に出版活動をしている大学は、文化人からみれば、それだけでイメージアップの対象だろう。しかし、それだけでいいということにもならない。母体大学は、出版部や公開講座で大儲けをしようとは考えてはいないだろうが、大損をしてもいいとも考えていないのである。
意義のある「学術専門書」を刊行することでステータスを誇る一方で、「大学教科書」という最も確実に収益が計算でき、最もわかりやすい大学との関係にも力を入れ、「啓蒙書」で社会へPRする。なおかつ収益も上げる。「大学と社会を結ぶ知のネットワーク」を標榜する大学出版部には、それらのバランスを保っていくことが、今後ますます求められるだろう。
大学そのものが定員割れなど深刻な問題に直面し、出版界全体でも売上が下降線をたどっている。この二重苦に挟まれた大学出版部には、さまざまな点で発想の転換が求められているのかもしれない。
大学にとっての新たな収益源としては、2004年4月にスタートする「日本版ロースクール」法科大学院制度、また27機関が取り組んでいる承認・認定TLO(技術移転機関)などが出てきている。出版部も、通信教育や公開講座はもちろん、これらの新しい事業との連携をも真剣に考えていくことが今後の課題となるだろう。
■注
(1)山田達雄「大学開放のための経営管理モデル」山田達雄編著『生涯学習の知識ネットワーク』学校法人経理研究会、1993年、36〜37頁。文中で利用した点数は、担当者が「現在」重要と考える度合いを5点満点で評価したものから平均点を算出したもの。
(2)田中雅文「講座公開事業の問題点」山田達雄編著、同前書、47〜57頁。
(玉川大学出版部)
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