科学する目 9
住居の変化と家庭害虫
青木淳一
日本人の住居は大きく様変わりし、欧米の住居の形に近づいた。外壁はコンクリートかモルタルになり、窓はアルミサッシでピッタリと閉められる。居室や食堂は椅子・テーブルを用い、寝床はベッドになった。便所も汲み取り式から水洗になった。
このような変化は、当然のことながら、家屋内に生息する害虫の種組成をも変化させた。まず、便壷から発生するハエやアブが激減した。その結果、昔はどの家庭にでもあった蝿たたき、天井からぶら下がっていた蝿取りリボン、食べ残しの食べ物を入れておく蝿帳(三方が金網になった四角い戸棚)などは姿を消した。近代的なアパートやマンションが多くなると、天井裏という構造がなくなり、そこに住み着いていたクマネズミもほとんどいなくなった。床下に木材を使うこともなくなったので、シロアリも減った。
その一方で、現在もなお住宅の中に住み続け、減るどころか、かえって増えたように見える害虫も多い。その代表格がゴキブリである。そもそもゴキブリは熱帯系の昆虫であるから、冬の寒さが苦手である。近年の家屋は暖房設備が整い、室内は冬でも暖かい。それまでは冬の寒さのせいで冬を越せなかった地方でもゴキブリが生き続けられるようになった。それでも家族が寝静まってしまう夜中に暖房を切ってしまえば、室温はかなり下がってしまう。それでもゴキブリはどんどん北へ分布域を広げ、ついに北海道にまで生息するようになった。それを可能にしたのは、私の推論では、家庭用冷蔵庫の普及であると考えている。なぜなら、すべての暖房を切っても、家の中でただ一ヶ所暖かい場所があり、それが冷蔵庫の裏側の放熱板のあるところなのである。近頃は生物の分布が北へ伸びてくると、なんでもかんでも地球温暖化のせいにしてしまうが、「冷蔵庫のせい」というのもあるのである。地球温暖化は極地の氷を溶かし、全地球の海水面を上昇させる恐ろしい結果をもたらすであろうが、ゴキブリの分布を急激に北方へ伸ばすほどの温度上昇をもたらしてはいない。
確かにハエは減ったが、カは一向に減っていない。昔は10月にでもなれば、もうカに刺されることはなくなった。しかし、今は12月でも1月でも真冬にカに悩まされて眠れないことがある。これは町中の地下にある水のある施設、たとえば下水道などが整備されたからである。そこにはチカイエカ(地下家蚊)という亜種が出現し、地下の温かい水の中でボウフラが育つ。天井裏を好むクマネズミは減少したが、ドブネズミが増え続けているのも、地下施設のせいである。
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右・ケナガコナダニ 左・イエダニ
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最近とくに目立ちはじめ、騒がれているのは畳や絨毯にわくダニである。ほとんどがコナダニのなかまである。これらのダニは風通しが悪く、密閉されて湿度が高い環境が大好きである。その上、畳という食料があれば申し分ない。だから、コンクリートの建物で、窓がアルミサッシでビシリと閉まり、まったく欧米風かと思えば、さにあらずで畳が敷いてある。とくに建設直後でコンクリートに十分な水分が残っており、窓を閉め切って日光を入れず、栄養十分な新鮮な藁で編んだ畳が敷かれ、入居者を待っているようなマンションなどは、コナダニにとって絶好な住家であり、人間よりも一足先にダニが入居していたって不思議ではない。欧米式住宅と畳の奇妙な和洋折衷がダニの大発生を招いたのである。
風は入れるが、日差しと雨は入れない軒、庇、濡れ縁、障子、襖など、湿潤な日本の気候に見事に適合した建築様式。これを惜し気もなく捨て去ってしまった日本人の浅はかさに気づかなければいけない。
(神奈川県立生命の星・地球博物館)
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