科学する目 10
都市の生き物たち
青木淳一
都市は人間が住みやすいように、人間のためだけを考えて出来上がったものである。したがって、人間以外の他の生物たちにとっては、多分非常に住みにくい場所であるに違いない。事実、キツネ、イタチ、ノウサギなどかつて東京の中心部分にも暮らしていた動物が都市化の進行にともなって消え去り、西部の奥多摩地域の山林に残存するだけとなった。しかし、都心からすべての動物がいなくなってしまったわけではなく、結構色々な種類が住みついている。
その代表はハシブトガラスである。私は、都市の土を調べる必要があって、まだ人が現れない早朝に銀座四丁目の裏通りを歩いたことがあった。午前五時の銀座は夜の賑わいが嘘のように静かで、私のほかにはホームレスの男が一人歩いてくるだけであった。その時、にわかに空が暗くなったと思うと、おびただしい数のカラスが舞い降りてきた。おそらく、ねぐらとしている明治神宮か皇居の森あたりから飛んできたのであろう。頭が良くて早起きのこの鳥は、ゴミ回収車がやって来る直前に道路へ降り、ゴミ袋を突ついて食べる物を漁る。そこには、ノラネコ、ドブネズミ、ゴキブリなども現れる。彼らは都市に多い生ゴミなど、人間の出す廃棄物に依存している動物であり、よほど人間がよい工夫を思いつかない限り、都市にははびこり続けるであろう。
以前は聞いたことがない「ワシワシワシ………」という大きな声で鳴くクマゼミが東京で見つかるようになった。従来、北海道には生息していなかったゴキブリが札幌市内に住みついた。恐ろしい姿をしていてサソリに似てはいるが毒は持たないサソリモドキは沖縄や奄美大島では普通に見られる虫であり、九州の天草島が分布の北限とされていたが、これが四国や本州の街中でも見かけたという報告がポツポツ出てきた。これらの南方系の虫たちは冬も暖かい都市を目指して分布を北へ北へと広げている。
晩秋になると日本各地の都市の夜の街路樹で「シリーシリー」と喧しく鳴くアオマツムシ、鎌倉などの街中に現れて電話線をかじって悪さをするのに、その姿から人々に可愛がられているタイワンリス、都市の公園などで見かけるようになったピンクと黄緑色の派手な色彩をした大型のワカケホンセイインコ、一時は日本の都市の街路樹を丸坊主にしてしまった大害虫アメリカシロヒトリ、都市の石ころや植木鉢を引っ繰り返すと、いくらでも見つかるダンゴムシ。これらはみんな外国からやって来て日本の都市に定着した帰化生物なのである。
どこの都市でもたくさん見かけるドバトは都市鳥の代表である。ビル、橋、駅舎などで生活しているが、公園の森や雑木林の中には入っていかない。近年、長野、八王子、静岡などの市内ではイワツバメが巣をつくっている。これらの鳥は本来植物の生えていない断崖絶壁や岩場に生息していたものである。それが都市の人工的な建造物を岩場と勘違いして(?)住みついているのであろう。
以上に述べたように、都市動物を注意深く見てみると、都市生活をするようになったわけには様々な理由があって、廃棄物依存動物、南方系動物、帰化動物、岩壁性動物の四つのカテゴリーがあるように見える。人間は都市にたくさんの植物は植えるが、動物を「植える」ことはしない。それでも、色々な動物たちが勝手に都市に住みつき、したたかに生きている。
この地球上、たった一種類の生物だけが住んでいる場所というものはない。したがってヒトだけが住める場所をつくろうとしても、それは無理なのだということが、よくわかるのである。
(神奈川県立生命の星・地球博物館)
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