韓国の大学出版部は今どこに立っているか

朱 弘均



 朱弘均(チュ・ホンギュン)氏は1944年生まれ、韓国ソウルの建国大学校出版部の統括者である出版部長をつとめる傍ら、論文「韓国大学出版の構造的特性に関する研究」で修士号を取得、また大学で出版論を講義する研究者でもある。2002年夏の日韓中三カ国セミナーでは、韓国の大学出版の現状を冷静に見つめ、新しい大学出版モデルを提示した発表で、三カ国の聴衆の注目をあつめた。朱氏は、以下の文章でも触れられるように、大学教員が兼職することが多い韓国の各大学出版部部長のなかにあって、出版実務者から部長に就任した貴重な存在である。ここに紹介する文章は、韓国大学出版部協会の機関紙『大学出版』に、企画連載「大学出版を診断する」の第一回として掲載されたものの抄訳である。日本の大学出版がかかえる問題との驚くほどの近さと、同時に韓国に固有の状況を読み取ることのできる興味深い論文である。
(翻訳文責・編集部)


 韓国の大学出版を取り巻く状況

 韓国で大学出版とは、出版一般はおろか社会とも切れた、大学の保護膜のなかに隔離された出版機構として一般的には認識されてきた。韓国の出版産業が論議されるときも、大学出版の役割は歪曲されていたり、はなから出版の範疇から度外視されていたりする。
 これは、今日の韓国の大学出版部が、韓国の学術出版を代表する機能と役割をもとうとしながら、出版界全体における位置づけを確立してこられなかったところに、根本的な理由がある。いままで大学出版は、アカデミズムの単なる補助機関としてだけ機能してきた。ただ学術書だという理由で、体系的な原則もなくあれこれと本を出版してみたり、教員の原稿を出版代行する役割にだけ重点を置いてきた結果である。
 もちろん、このようなパラダイムが大学出版部全体を覆っているわけではない。韓国の大学出版の歴史をみたとき、50年の長きにわたる歴史をもつ出版部もあれば、5年の歴史の出版部もあるが、ほとんどの主要な総合大学が、1960年代から70年代に出版部を創設している。その設立より、今まで大学出版が築いてきた業績は、また非常に大きい。特に、伝統ある大学出版部は、学術書、専門科目の教材、一般教養書の高水準な刊行を進めることで、大学出版の本質を形成してきた。それが、一般の商業出版とも区別された特性をもつものとして、大学出版の地位を築いてきたことは、誰しもが認めるところであろう。
 しかし、いま韓国社会とその出版環境は変化している。変化の速度はあまりに速く、情報化だとかグローバル化の意味すら認識できぬまま状況に弄ばれている。たえず進歩するテクノロジーが出版に導入され、生産と流通、消費など出版様式全般に途方もない変化をもたらし、出版関係者は危機感をもち新たな成長方策を探っている。またこのような変化は大学本体にも同様に訪れている。各大学では教育改革、構造改革、大学運営の合理化をとの声がかまびすしい。特に韓国では2003年から大学入学定員に対して志願者数が割り込むようになり、韓国教育市場の開放により予想される外国大学の上陸、将来の国家補助金の削減など、大学の財政難は深まり、大学も生存のための構造改革が急務となっている。
 このような状況は、大学出版にとっても例外ではない。むしろ、一般の出版社よりも、厳しい状況に晒されているといえる。これは、大学出版が公共の組織である大学組織のなかにありながら、実際、機能面では一般出版市場の論理のなかにいるためだ。大学が経営合理化を押し進めるなかで、大学出版部は、大学の支援なく自分の努力による生き残り策をとらざるをえなくなり、さらには出版部の縮小または廃止の問題まで云々される事態が現実味をもって予測されているのである。
 いま、各大学は、大学院を中心とした教育への転換、複数専攻制の拡大、学科の統廃合、学部の拡大改編、教養課程の全面改編など、「先進大学へ」との旗印を掲げて学校改革をしている。教員も講義の人気度によって、ポストも左右される状況にまで進んでいる。なかでも、今まで大学出版部経営の基幹となってきた、教科書を多く使用する教養必修科目ですら、選択科目になったり、なくなったりする傾向にあるため、今後その教科書による出版部の収入は著しく減り、独立採算制をとっている出版部の経営に重大な影響を及ぼすと判断される。
 いま韓国の大学出版部はどこに立っているのか、そしてこうした変化に対してどのように対応すべきなのか、この課題を考えてゆくことが、大学内では大学出版部の役割と重要性に対する関心と認識の形成をもたらし、大学の外に対しては出版産業において大学出版がもつ意義を追究することにつながってゆくだろう。

 大学出版の「本質」とジレンマ

 高麗大学校出版部の基礎を確立したチョ・ヨンマン教授が1959年に書かれた文章から、当時の大学出版の役割観を読むことができる。「大学出版部の使命は4つ考えられる。それは、(1)学術書、特に商業出版社で手をつけられない専門学術書の刊行、(2)教材の出版、(3)大学公開の趣旨に沿った、啓蒙的学術書の刊行、(4)学生を主な対象とする一般的な教養書の刊行。」大学出版とは営利を追究するのではなく、最も重要な役割は、やはり大学出版でなければ出版できない本、すなわち、経済性を考慮することができない学術図書の出版にあるとされたのである。
 しかし大学出版部は、大学・その他高等教育機関と、図書出版とのあいだに存立している。出版は出版として少なからぬ自律性を備えなければならない。大学母体の一部としての事業であっても、それでもひとつの事業として経営されなくてはならない。大学出版部が大学に帰属しているために、利潤よりも知識の発展のほうに目的の比重があるのは事実である。しかし、大学出版部だからといって、全く損害を甘受する出版だけに固執しなければならないわけはない。大学出版部は事業的な面でも、策定された予算の範囲に赤字をとどめ、最低限の利益を求めるという、事業としての機能をこそもたねばならない。大学出版は、大学のなかでは採算性のある組織であることを求められ、大学の外では(非営利的な)文化機関であることを要求されている。私たちはこうした相反した期待のなかにあるのであり、この点で、一般の商業出版社よりさらに厳しい位相に置かれている。

 韓国大学出版部の構造的性格

 韓国の大学出版部は、その運営や組織面で、次のような構造的性格をもって発展してきた。
 (1)韓国のほとんどの大学出版部は、大学本体の予算の外で運営されるように認められた体制をとることが多い。大学の「恣意機構」として設立された附属機関であり、自主運営の工夫を生かすことが認められている。
 しかし、大部分の出版部の運営体制は、出版部の責任者である出版部長を、大学教授が兼職することとしている。出版事業体としての大学出版部の独自性を大学がどの程度認識しているのかという点でも、大学の一般部署と同じように運営している大学出版部があるかと思えば、独立法人の形態や独立採算制で運営するようにさせ、出版活動と経営をほぼ自助努力に任せるような二重構造的な経営形態とに分かれている。
 (2)この間、大学出版部が力を注いできた主要業務は、学生への教育支援としての教養科目教材の大量普及・教科書販売であったが、これは、運営資金を確保するためには不可避の手段でもあった。
 (3)ほとんどの大学出版部は、規模と組織の零細性により、大学内の出版機構として、教員の著作を出版代行する役割に重点を置くような編集・製作業務が中心になった。その結果、“書籍を企画する”ことに対する認識が育ってこなかった。
 (4)出版部に対する大学運営者の認識によって、大学出版の発展のありようが変化してきた。総長、副総長などをはじめとした学務行政のトップを占める教員に、出版部の役割に対する認識が不足すると、大学が出版部の仕事を滞らせる原因の一部になることもある。大学経営陣の出版部に対する重要性の認識と関心の高低が、財政支援、人員増強、そして出版の奨励などで、大学出版の活性化にとてつもなく大きな影響を及ぼしてきた。

 現実的議論を発信する

 いままでも、韓国の大学出版の停滞性を克服するため大学出版人たちは議論をしつづけてきた。議論の強調点は大きく2つに要約される。
 (1)大学出版がその基本的機能と役割を遂行しながら飛躍し変化をとげるためには、まず大学出版人自身のあくなき努力が必要である。不断の自己開発と専門性の獲得はもちろん、斬新な企画で水準の高い学術図書と教養図書などを開発・出版し、大学出版が名実共に学術出版の主たる担い手であることを国家と社会にしらしめなければならない。
 (2)大学は大学出版の重要性を確実に認識して、出版部が活性化しようという上述の努力の足がかりを用意しなければならない。そのためには出版に必要な財政支援はもちろん、優秀図書を開発できるような人的構成とそれにふさわしい出版環境をつくり、たえず督励しなければならない。
 この議論は、いいかえれば、大学出版が発展途上の状態で足踏みしていることの一次的原因は大学出版人自らの進取性・専門性の不足としながらも、母体大学の認識不足と関心不足による環境の未整備に大きな問題を看取るものである。大学出版部が独創性を発揮し学術出版に最適な体制をとろうとするならば、大学の保護と支援により人事面と運営面において独自性と専門性が維持されなければならないのだ。
 しかし、大学出版人たちのこの理想は、現実的な構造の矛盾のなかで悪循環[大学の無理解→出版の停滞→大学のますますの無理解]に陥っている。大学当局と出版部がひとつの枠組みで合致して事にあたることができず、各々の立場から相手に期待だけをする状態なのである。
 この変化する時代のなかで、大学出版だけが従来のような発展のパターンを繰り返すことはできない。われわれ大学出版部はこの世界的変化のなかでいまどこに立っており、また大学出版発展のためにどのような努力を傾けているかを私たち自身で冷徹に批判しなければならない。そのうえで大学出版が大学の学問発展にどれだけ寄与しているかを実証的に検証し、それを大学に、ひいては社会全体に、私たち大学出版人自身が発信することが求められているのである。

(韓国・建国大学校出版部長)



INDEX  |  HOME