科学する目 11

直立二足歩行

青木淳一



 地球環境の破壊は、ヒトという極めて特殊な生物の出現によると言ってよい。では、なぜヒトは特殊な生物になりえたのか。それはわれわれの祖先が二本足で立ち上がって歩きはじめたことによる。ただ二本足で歩くのなら、中世代の白亜紀にヒトよりもはるか前にティラノザウルスなどの肉食恐竜がやっていたことである。今でもヒト以外にカンガルーは二本足でピョンピョン跳ねている。しかし、その時背骨はほぼ水平に近く保たれ、前に倒れないように太い尻尾でバランスをとっている。ヒトの場合は背骨が真っ直ぐに立った。つまり直立二足歩行である。
頭上に魚の桶をのせて運ぶ沖縄の女性

 そのことがなぜヒトを特殊化させたか。それは脳重の増加と関係がある。ためしに、重たい本を数冊風呂敷に包んで結び目を口でくわえ、床を四つん這いになって歩いてみるとよい。たちまち首が疲れてダウンしてしまう。しかし、立ってその風呂敷包みを頭に乗せて歩いてみると、まったく楽に運ぶことができる。つまり、直立した背骨は脳が重たくなっても、それを支えることができたのである。
 それと相俟って、二足歩行によって歩行運動から解放された前足は「手」としての働きを許されることになる。そして、手は道具を使うことを可能にし、それは更に脳の発達を促した。一方、今まで口が行っていたことを手がやってくれるため、口は力仕事から解放され、口は出っ張らなくなり、顔面に引っ込み、頬が口を覆った。そのことは、さまざまな音声を発することを可能にした。ワニのように口が出っ張っていたら、「ガアー」くらいは言えても、「ピュ、ミョ、ニョ」などの複雑微妙な発音はできるわけがない。この言語の発達はますます脳重を増加させていったのである。
 かくして重たい脳を持った生物ヒトは、道具を使い、火を使い、大型動物を捕獲し、家畜を生みだし、作物を栽培し、地球上における生息数を爆発的に増加させていった。さらに、ダイナマイト、チェーン鋸、ブルドーザーなどの機械は瞬時のうちに地形や植生を変え、大規模な自然破壊が始まった。考えてみれば、ヒトの祖先が直立二足歩行をはじめた、ただそれだけのことが現在の地球環境問題の発端だったのである。
 ヒト以外の動物の世界を見渡してみると、ある種の動物が増えすぎた場合には、かならずそれを抑制する現象が起きる。たとえば、病気が蔓延する、天敵が増えてくる、弱いものが取り残される、殺しあいが始まるなど、「密度調節作用」が見られる。ヒトの場合には、この機構が働かない。誤解を恐れずに言えば、ヒトの外敵となる強い動物を殺す手段、飼育栽培技術の発達、医学の進歩、戦争抑止などが、密度調節作用をはねのけてしまう。そこで困り切った天がわれわれ人類に与えたのが、ミクロな敵であるウイルスと精神障害なのだと思う。もう一度誤解をされないように言うが、殺しあいをして増えすぎた人口を減らせと言っているのではない。ヒト以外のほとんどすべての動物が「平気で」やっていることを人類はできない(人類は許さない)のだから、それこそ人類の叡智を使って他のことを考えなければいけないということであろう。
 対数目盛りのグラフを用意し、横軸に動物の体長、縦軸に動物の生息数をとって、さまざまな動物の値を記入していくと、その点は右下がりの一直線上にほぼ並ぶ。つまり、「体の小さい生物ほど多く、体の大きい生物ほど少なく住みなさい」という自然の掟がある。そして、ヒトはこの掟を完全に無視している。地球生態系の中で、本来生物としてのヒトは一昔前のオランウータンやチンパンジーと同じくらいの数でいるべきなのである。
(神奈川県立生命の星・地球博物館)



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