大学教育改革と大学出版部
イ・ホチョル
イ・ホチョル氏は、韓国大邱(テグ)市の慶北大学校農業生命科学大学教授。専門は農業経済史で韓国農業史学会会長を務める。今年、創立30年を迎えた慶北大学校出版部の第16代出版部長として、財政自立と出版能力養成を通じた出版部の法人化実現と慶北大教員の知的財産権を担保にすることができる出版社を目指して出版部改革に邁進している。
ここに紹介する文章は、今年8月に開催された第7回日・韓・中大学出版部合同セミナーにおいて氏が発表した論文の抄訳である。本編はA4判で12頁にわたる非常に内容の濃い論文であるが、本誌の紙面の都合上要旨のみを紹介することをお許し願いたい。また、より多くの方に氏の主張を理解いただくための編集を施したことを付け加えておく。
(責任編集=中村晃司・協会国際部会、東海大学出版会)
大学出版部の危機
今、韓国社会は社会・経済的側面で大転換の時期を迎えている。特にこのような変化は、情報通信産業(IT)とインターネットの活用に起因しており、改革の新しい波は社会全般を変化の時代へと導いている。韓国の大多数の大学は、このような改革の風と大学間の競争から生き残るために、自ら変革を行わなければならない難しい現実に直面している。各大学は政府が提示した大学教育改革案を土台に、新しい教育環境の変化に符合するより多様で特性化された大学に変身するために、絶え間ない努力を続けている。それでは、各大学が追い求めているこの新しい改革は、果たして大学出版部の出版活動にいかなる結果をもたらしたのだろうか。
これまで大学出版部は、「優秀な学術図書」「専攻教材と教養教材」「学術書を易しく解説した教養書」の発刊という使命を遂行すればこそ、大学の発展に寄与できると信じてきた。ところが、図書発刊部門では優秀な学術図書が相対的に不足しており、大学の教養教材さえ大学出版部以外の外部出版社で出版される状況にある。販売及び財政面でも社会全般的な不景気のために図書の売上高が減少し、基金によって運営される大学出版部の経営は、定期預金の利子収入の減少で経済的困難に逢着しているのが実情である。
大学教育の改革の方向
大学出版部の出版環境が、国全体の出版環境と密接に結びつくことは言うまでもない。一方で大学出版部は、所属する大学の教育施策と改革の方向により、直接的な影響を受ける。言い換えれば、大学の教育課程・目標の方向が、出版部の発展する方向と図書開発の方向に、新しい変化を要求しているのである。
1995年、政府は社会の各分野で要求される多様な資質と能力を備えた人材を育成できるよう、「大学モデルを多様化して特性化すること」を主な改革課題とする大学改革案を提示した。特に各大学が自律的に設計・運営すべき大学のモデルとして、「学部学生を特定の学科に所属させずに幅広い教育を受けさせる大学」「幾つかの学問分野を複合的に構成して専攻できる大学」「特定分野の専門家の養成に重点を置く大学」「芸術教育において多様な教育課程を運営する大学」「現場技術者の養成のために企業と連携した教育プログラムを運営する大学」「学生は特定の学部・学科に所属しているが、専攻の必要履修単位数を最小化して、多専攻・複合学問研究を可能とする大学」、この6つを示した上で、大学の本質的機能と役割を遂行するためには、大学の自律性の強化が必須であることを強調した。これまで各大学は、学科設置・定員・教員採用・入試方法・学期区分・教育課程の編成など、大学運営の意思決定の大部分を政府に依存してきた。今、各大学は大学運営の自律化を目指し、大学の特性を活かしつつ、地域社会が要求する能力と資質を備えた人材を養成する方策を考究しながら、教育課程の改編などの改革を推進している状況にある。
教育課程の改編と出版部の役割
このような教育改革が国内で進む中、慶北大学校でも教養教育課程の改編案の策定を行い、「教養と知性を備えた人格的な民主市民の養成」「伝統文化と外国文化の特性を理解し、文化発展に寄与する能力の養成」「専攻科目学修のための基礎能力養成」の3つの教育目標を掲げた。改編は2004年度の新教養教育課程に反映させることになり、現課程の類似科目の統廃合、時代の要請に適った科目・職業適応能力の開発科目などの新設、同一教科目にレベル別少人数制教育の導入、大多数の必修科目の自由選択科目への転換、などが実践されることになっている。
慶北大学校出版部ではこの大学教育改編に歩調を併せる出版活動を始め、必修科目の自由選択科目化による財政圧迫に対応する安定的な財源の確保に繋がる、新教養教育課程の科目教材の出版を誘導するために、いくつかの努力をした。まず、教養教育課程改編案を審議する会議に出席し、新課程に必要と思われる科目の教材の書目リストを作成した。次に、教科書を「出版部で出版する」ことを奨励するため、部内規定の大幅な見直しを行い、教材の内容が教育目標を担保するものかを判断する専門委員会の設置、定価の15〜30%に相当する印税の差等(スライド印税方式)支給、教材開発費の支給、発刊後の売上が顕著な教材を開発した教員の所属する学科に対して大学から発展基金が支給されるよう改めた。また、外部出版社とのあらゆる競争で優位に立つため、表紙(カバー)のデザインの向上に心血を注ぐことにした。このような努力に基づき、新設される科目の担当教授と交渉をした結果、いくつかの教材を出版部から発刊することに繋がった。
新しい出版活動の展開
大学出版部は、大学を取り込んだ急激な環境の変化に能動的、また積極的に対応して、自身の位相を再定立して、新たな進路を模索すべきである。慶北大学校出版部では安定的な財源の確保ともいうべき教養及び専攻科目教材の開発の他にも、大学教育改革に歩調を併せて進行している活動がいくつかある。その一端を紹介すると次のようになる。
学術叢書
採算性が低いように見えても、出版部は優秀な学術図書を持続的に発行する事業に力点を置いている。慶北大学校の顔となる「学術叢書」は、優秀な著者を開拓し、学術研究の雰囲気を創り上げ、その産物によって(外部機関による)大学評価で高評価を得ることを目標にしている。また、大学本部と協議した結果、執筆する教員に対して、1巻あたり300〜500万ウォン(30〜50万円)の「学術奨励研究費」を支給することになっている。内容は学術叢書企画委員会に厳格に評価され、年間15〜20巻を発行する計画を実行に移している。
ボクヒョンコロキウム(Colloquium)
『学科選択の道標』『慶北大学生の海外体験記』『慶北大学の理念』などが発刊予定書目となっている本シリーズの目的は、専攻科目の特性と進路を紹介し、また、新入生が円滑な大学生活と未来が設計できるようにすることである。本シリーズは、新入生の入学金の一部に合算して販売し、制作費を除いた全収益金を大学の発展基金に組み込む予定である。
古典叢書
大学図書館と個人所蔵の国宝級の稀書、貴重本などの古書を影印して一般に普及する「古典叢書」を今までに10巻刊行した。刊行後の関連学界や地域社会からの反応は大変なもので、特に出版部が単独で入手した粛宗八(1682)年に作られた古地図『東輿備考』の影印の発刊後は、シンポジウムが開催され学界の論争を白熱させることとなった。
新しいマーケティングと広報活動の展開
著者となる教授たちは、持続的で積極的な図書の広報とマーケティングによる全国的な販売網の活性化と販売力強化を望んでいる。大学出版部は今後、このような要望への対応策の用意が必要であろう。しかし、今年2月から法施行された図書定価制によって、新刊(発刊後1年間)の割引販売が規制されたことで、図書販売はいっそう難しくなった(注・インターネット書店は新刊でも10%まで割引可能)。キョウボ文庫、ヨンプン文庫などインターネット書店の取引は増加傾向にあるが、全国約40店の一般書店との取引は最近の不景気のため、昨年比で20%減少している。特に返品数の増加がより事態を難しくしている。
慶北大学校出版部では、新たに広報冊子を作成し、ポスターと図書目録を付けて全国の大学・地域図書館、行政機関、寺院などを対象に広報活動を展開した。これは主に在庫図書の販売が目的で、在庫を「悪性」「一般」「良好」の3種に分類し、それぞれに割引率を決めて販売することで在庫整理を行っている。
また、売上を伸ばすためには合法的なインターネットの割引販売が必須であることから、出版部のホームページをリニューアルすると同時にアドレスを覚えやすくて短いものに変更した
(http://press.knu.ac.kr)。割引販売はホームページ上で会員登録した場合に適応され、送料は注文金額が3万ウォン(3000円)以上なら無料としている。
最後に
最近、出版部が実施した教授向けの学内アンケート調査の結果によると、「大学本部の出版部に対する認識が根本的に変わるべきだ」「外部の著者にも出版機会を提供することで、良質図書が発行できる」「著述活動に必要な研究費支援と研究費の増額」「地域社会と住民のための生活関連図書を企画し、地域の文化人と共同出版する」「素敵で競争力ある本のデザインを」「出版支援の拡大と出版機会の競争的な均等性保証」といった意見が示された。これらは、いずれも教授たちの出版意欲を活性化させ、教授たちが保有している専門知識を、紙面を通じて発表できる機会を出版部側が提供することを願っていることの表れと見ている。
大学出版部は大学の頭脳を土台に、優秀な学術図書を作って、これを国家と地域社会に伝達・普及・拡散する事業を、本質的な使命にしなければならない。だが、大学改革の一環で展開される教育課程改編に積極的に参画して、その教養科目の特性に適合した良質の教材を発行・普及することで、教授と学生との間の知識の伝達が成立するよう取り計らわねばならない。大学出版部の真の発展と成長は、出版部が新しい学術資料の生産地という本来の機能をもっと強化し、大学の関連部署と密接に連携された時、はじめて成功するはずであろう。
たとえ、教育改革の渦中に置かれていても、大学出版部はすでに良質のコンテンツを保有しているし、知識と情報の源である優秀な著者を確保している。さらに、企画から製作・流通に至る全過程に最新のデジタル技術を接合させて行くならば、今までとは違う一大跳躍も可能となろう。今後、新しい経営技法の導入と知識情報産業にふさわしいデジタル出版及び電子図書館の役割を担当して行くとすれば、大学出版部の未来は決して暗くはないと考えている。
(慶北大学校出版部長)
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