歩く・見る・聞く――知のネットワーク34

武蔵野音楽大学楽器博物館

高橋泰男



 人は音楽に何を求めるであろうか。浮世のつらさを癒すために、あるいは宗教的儀式のために、あるいは精神を昂揚させるために、愉快なひとときを過ごすために。とにかく洋の東西、そして時代を問わず、人の心を揺り動かすことができるものの一つが音楽であることは確かである。
 その音楽を奏でる楽器は読んで字のごとく「楽しむ器」である。
 武蔵野音楽大学楽器博物館は、1967年10月にスタートした。
 1953年に前学長の福井直弘氏が学生の研究資料にするため、ドイツから持ち帰った1個のヴィオラ・ダモーレに端を発し、楽器蒐集が始まった。そして1966年に、邦楽器研究家の水野佐平氏から邦楽器コレクションが寄贈されたことを契機に、翌年正式に博物館として発足した。1978年には、入間キャンパス博物館が出来、水野コレクションを中心とした邦楽器、蝋管機・蓄音機、弦楽器工作具類など1000点が展示されている。現在、パルナソス多摩の展示室を加え、同博物館としての所蔵資料は、楽器は言うに及ばず、その付属品、音楽に関する装置・器具類、その他関係資料など5000点にのぼる。
 今回は江古田キャンパス博物館の方を訪ねた。
 決して大きくはない建物であるが、その1〜3階までいくつかの部屋に分かれ、地域別に分類・展示されている。先ず入ってすぐの1階は1部屋のみで、鍵盤楽器展示室でなかなか圧巻である。現代のピアノに至るまでの、ヨーロッパの鍵盤楽器が肩を寄せ合うようにして納められている。筆者のつたない知識でも知っている、ピアノの幻の名器といわれるプレイエルを、早速探し回ったら……ありました!実に堂々とした堅牢なつくり、一方では彫刻、塗りや金箔などの配色・模様などは贅を尽くした格調高い風格。ここで立ち止まっていてはいけない。次の部屋へと進もう。2階に行くと西洋管弦楽器の部屋がある。ここでは10世紀頃に登場したハーディ・ガーディという、ハンドルを回して弦を擦って音を出す楽器が面白い。後に大道芸人たちに使われるようになったらしい。またここには、弦楽器の名弓コレクションの一部が展示されている。3階へと歩を進めよう。ここは、西洋以外の各地域のしかも民族色の強い楽器群が、地域別に展示されている。東洋、インド、アラブなどの楽器を見ていると、そこに西洋近代楽器のルーツを感じさせる。それらは「鳴り物」という楽器本来の原初的役割を喚起させる。そういえば筆者が訪れた日もホルンなどの管楽器の練習音が鳴り響いていた。
 ここのコレクションの素晴らしいところは、音楽・楽器と言うと、とかく西洋楽器のみを連想しがちであるが、この博物館ではヨーロッパのそればかりではなく、アジア、アフリカ、インド・アラブ、中南米、そして邦楽器などの世界各地の伝統楽器、民族楽器が蒐集されている。
 いただいたカタログから引用しよう。「感情や感動を心から心へ伝えるのが音楽の本質である。しかし、特にヨーロッパの楽器は、圧倒的な効果を追求した結果、機能性、超絶技巧の確立が要求され、その結果、目的達成のため余儀なく機械的な訓練という足枷をはくことになってしまった。つまり、現代の楽器を通しての音楽の研鑽には、音楽の原点である人の心を動かす部分と、機能的な技術の習得の部分とが、欠くことのできない両輪として要求され、この両者のバランスが大前提となっている、と言い換えることができよう。」そしてそういうものの見方で見ると、クラシック音楽と西洋近代楽器の歴史は、たかだか18世紀くらいからのはなしである、と言うことに今更ながら気付かされる。
 惜しむらくは、江古田のキャンパスは、スペースに限界があり、展示品が窮屈そうに並べられており、展示品の種類も限られてしまうことである。ますます入間キャンパスの邦楽器展示室も見てみたくなる。
 行かれる方は、江古田キャンパス、入間キャンパス、どちらの博物館からでも。
(専修大学出版局 高橋泰男)

所在地 江古田キャンパス
    (入間キャンパスは下記URLで)
    東京都練馬区羽沢1-13-1
    西武池袋線江古田駅北口下車
公開日 毎週水曜日 10時〜15時
入館料 無料
電 話 03-3992-1410(直)
URL http://www.musashino-music.ac.jp



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