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協会法人化に期待する地方の眼
小野 利家
昨年2005年7月、大学出版部協会が長年の夢であった法人化を有限責任中間法人といういささか長ったらしく、かついかめしい名称の下、めでたく実現させた。何ごとも手弁当方式の協会傘下の28大学出版部が、長年の宿願を、約半年間でそそくさと仕上げきったのは、一当事者としても喜びに堪えない。とりわけ、定款認証を得るにあたって、設立時の社員となった28大学出版部代表の印鑑を捺印してもらう全国リレーが10日間かかって無事終了したことを知ったときは、やはり感無量であった。
いうまでもなく、協会というからには業界団体にすぎない。しかし、大学出版部協会の場合は、数の少なさということもあろうが、横の連携は異常といってよいほどつよい。大学を母体とするという基盤の共通性と成果物が似通っているということが、その要因ではあろう。つまり、「業種」としての学術図書出版業という側面より、「業態」としての大学出版部という共通基盤に依拠して結束しているといえようか。その大学出版部の全国団体が法人化によって、より全国性を高めたという視点、つまりは首都圏一極集中だけではすまないよという視点から、この大学出版部という「業態」の今後の発展の方向を考えてみたい。それが小稿の意図するところである。
大学法人化後の大学出版部
周知のように、一昨年(2004年)4月、89の国立大学法人が誕生した。公立大学も同様に法人化の方向である。あまつさえ、株式会社立の大学も生まれる。日本の大学は、すべてが法人化され、大学の運営はそれぞれが自律的になされることとなった。国立大学法人には、巨額の運営交付金が継続的に国庫から拠出される代わりに、年間1%ずつの経費縮減が課された。運営の効率化である。一方で、自己収入をあげるため、さまざまに自主的な試みも始められている。
そうしたなかで、大学出版部の新設の動きもおきてきた。直接的に大学内の一機構として設置する場合と、独立法人にする場合とで、その形態は異なる。これらの最近の大学出版部新設は、数年前とは違って地方にシフトし、わけても国立大学が目立つ。じっさい、国立大学法人法でも、国立大学の業務のひとつとして「当該国立大学の研究の成果を普及し、及びその活用を促進する」(第二二条)と研究の成果公開を義務づけていること、とりわけ大学の存立にかかわりかねない「第三者評価」が格段と強化・確立されたことなどが、こうした気運を促進しているのであろう。大学出版部をそのツールにしようというわけである。
もちろん、今回の国立大学法人の誕生以前から、大学出版部をつくろうという運動はさまざまになされてきた。ただ、共通していえることは、大学が全入時代に突入する厳しい環境のなかで、いかにして自己のアイデンティティを確立すべきか、それを社会に発信する基地として出版部が構想されたということであろう。また、地方から、ということについては、おそらく多くの場合、そうした大学に所属する研究者にとって身近に成果公開ができる場がなかったということも創設を促した要因であろう。
いずれにしても、地方の国立大学を中心に、今後とも大学出版部づくりは推進されるはずである。これに対して、新生大学出版部協会はいかに対応すべきか。
新しい大学出版部、新しい大学出版部協会
新しくできた、またはできようとしている大学出版部は、当然ながらしばらくは揺籃期を経験せざるをえない。しかし、いうまでもなく大学出版部と名乗るからには事業体であり、社会に開かれたものである。同じ成果公開でも、大学の予算で発表される紀要や研究年報のようなものとは訳が違う。否応なく、市場原理の支配する世界に投げ出される。私の勝手な予測では、そうした厳しい環境を予測しつつも、年間数点規模の新刊刊行しか計画しえない大学出版部が二桁台は誕生、もしくは活動している状況がやってくる。こうした事態をどう考えるか。協会傘下の28大学出版部に限っても、トップの年商20億円から1000万円以下というピラミッド型の経営規模を、なおかつ大学出版部という「業態」の同一性でくくりうるのだろうか。
現実には、困難がつきまとうのは明らかだろう。たとえば、取次店の対応を予測すれば、ひたすら規模の経済の論理のみが貫徹され、個別に分断されて、われわれはたんなる弱小出版社として遇されるだけだろう。しかし、少なくとも大学出版部は、研究者の最新成果を誰よりも身近に知り、それを研究者やその予備軍に一番早く手渡せるという他にない利点をもっている。「出発点」と「終着点」が原則的には同じなのである。その中間に、いわゆる流通機構が介在しているにすぎない。この業態の同一性を改めて起爆剤とするようなことが、まさにいま構想されなければならないと考える。
理由は二つある。ひとつは、すでに述べたように、これからできる大学出版部の多くが個別に流通の荒波にもまれることが予測される以上、そうした大学出版部を束ねてなんらかの「圧力」を持ちうる状況をつくらなければならないということである。もうひとつは、いわゆる流通の複合化という事態の到来である。学術図書が伝統的な店頭販売から徐々に排除され始めるとともに、ネット販売やルートセールス、直販など多チャンネル販売時代に対応しなければならなくなった。これは、新設大学出版部だけの問題ではない。学術図書を扱う出版社、とりわけ大学出版部にとってますます深刻さを増す課題である。
ここまで回りくどく論じてきたが、じつはすでに大学出版部協会の理事長・山口雅己氏が明快な答え(見通し)を出している。『出版ニュース』(2005年9月中旬号)に「活発化する大学出版部」と題する論文を寄稿し、「将来の協同販売に備えたい」としたうえで次のように述べている。「大学出版部設立の気運がますます高まっているなかで(中略)いまだ充分な力をもてない出版部を束ね、出版物の全国展開を担保する機構があれば、新設出版部にとって心強い味方になり得るし、協会加入の促進要因ともなるだろう」――私の結論が、ここに先取りされたかたちで表明されている。
ただ、私がこれにあえて付け加えるとすれば、こうした当初は小規模で出発せざるをえない新しい大学出版部の創設自体を、協会が出版部未設大学に働きかけて促進し、ピラミッドの底辺を拡大したうえで「束ねる」ことにより力を集結すること、それを意図的に仕掛けることはどうだろうか、ということである。物事には「機」がある。協会が法人化してさまざまな事業プランが考えられているなかで、改めて検討されてしかるべきプランだと思うのだが。
新しい友に
現在、大学出版部を構想されようとしている大学に。
ただひとつ、どういう大学出版部をつくろうとなされるか最初に徹底的に議論していただきたいということである。そのうえで、もし若手研究者に成果発表のチャンスを提供したいということであれば、相応の出版助成制度をぜひつくっていただきたい。そして、とりあえずつくるのではなく、少なくとも10年計画を最初に検討すべきだろう。
そのさい重要なことは、初期資金と態勢をどう構えるかであろう。
徐々に足し算をしながら、と誰しもが思う。しかし、「束ねる」や初期資金づくりなどの掛け算が、「機」に合わせて不可欠であることも確かである。
(大学出版部協会副理事長・関西支部長/京都大学学術出版会)
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