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〈書物復権〉の試み
― 8出版社共同事業と東京国際ブックフェア共同出展 ―
持谷寿夫
書籍、とりわけ専門性の高い人文系書籍の販売の困難さは年を追うごとに増しています。少部数の発行、読者と出会うまでに必要とされる長い時間、もともとの特性に加えて、出版不況といわれる外的環境の悪化は、ますますこうした書籍の発行の負担を大きくしています。専門性の高い出版物を発行していく限り、困難は覚悟のうえですが、出版社の機能が企画・編集だけでなく販売までを含み、自らが発行した書籍を必要とする読者に届ける責任がある以上、現状を嘆くのではなく、その時代に合わせた新しい販売施策を産み出す必要はいつの時も存在しています。
1996年、専門性の高い書籍の刊行を主とする4つの出版社(岩波書店・東京大学出版会・法政大学出版局・みすず書房)の営業担当者が集まり〈書物復権〉の活動は始まりました。共通の問題意識のもとでまず考えられたのは、各社が、苦心している既刊書の販売を共同で実施できないかということ。新刊書には各社ごとの戦略があり、共同歩調はとりにくいが、既刊書の提案であれば、専門書分野の品揃えに苦労している書店にとっても役に立つものでもあり、受け入れられやすい。幸い、専門書の分野での販売実績をもつ取次店、鈴木書店の協力を得ることができ、紀伊國屋書店・勁草書房・白水社・未來社の4社の参加もえて〈書物復権〉の活動は始まりました。
共同復刊
既刊書の売行不振とともに各社が頭を痛めていたのが品切書の多さ。一定の需要があれば、重版することは可能ですが、確実に売れる、という見込みがたたなければ重版しにくいという現状のなかで、共同復刊の事業は重版できずにいる各分野の古典を、読者からのリクエストによりよみがえらせる企画として1997年より開始されました。以来多くのメディアにも紹介され、現在の〈書物復権〉の活動の大きな柱となっています。2009年までにこの事業によって復刊された品切れ書は500点を超えており、単独では難しい品切れ書の復刊企画として、現在も継続されています。
「本」のある場所で 編集者と語る集い
既刊書の促進や品切れ書の復刊とともに、参加出版社の力を共同で生かすことのできる各種事業を〈書物復権〉は行っています。1999年〜2000年にかけて全国8書店の協力を得て実施された――「本」のある場所で 編集者と語る集い――は、本を作る編集者と読者との直接の対話を、書店という「本」のある空間で実現しようという意図で企画されたものです。普段、直接にふれあうことの少ない読者と編集者とのコミュニケーションは、本と読者との距離を縮める新しい試みとして各地域のメディアでも紹介され反響を呼びました。
開催書店
大阪市 ジュンク堂書店難波店
長野市 平安堂新長野店
前橋市 煥乎堂
仙台市 東北大学生協文系店
京都市 ジュンク堂書店京都店
郡山市 岩瀬書店富久山店
さいたま市 須原屋本店
名古屋市 名古屋大学生協南部店
〈書物復権〉共同復刊実施点数
年 |
点数 |
冊数 |
参加社数 |
特記事項 |
1997 |
23 |
23 |
4社 |
(岩波書店,東大出版会, 法政大学出版局,みすず書房) |
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1998 |
39 |
41 |
7社 |
(勁草書房,白水社,未來社参加) |
読者リクエスト開始,テーマフェア 「20世紀の光と影」同時開催 |
1999 |
40 |
41 |
8社 |
(紀伊國屋書店参加) |
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2000 |
42 |
44 |
8社 |
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2001 |
42 |
44 |
8社 |
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2002 |
39 |
42 |
8社 |
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復刊テーマ「70年代の豊かな果実」 |
2003 |
46 |
48 |
4社 |
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復刊候補書籍278点過去最大に 著者アンケート同時実施 |
2004 |
41 |
47 |
8社 |
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復刊テーマ「図書館の未来と書物復権」 |
2005 |
43 |
44 |
8社 |
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復刊テーマ「書物復権と書店」 |
2006 |
51 |
55 |
12社 |
(10周年記念 新曜社,創元社, 筑摩書房,平凡社 特別参加) |
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2007 |
44 |
48 |
9社 |
(新曜社参加) |
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2008 |
42 |
44 |
8社 |
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2009 |
40 |
44 |
8社 |
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計 |
532 |
565 |
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紀伊國屋セミナー〈書物復権〉
2005年から2007年にかけて実施されたのが紀伊國屋書店との共催による紀伊國屋セミナー〈書物復権〉。各出版社の刊行に関連する著者を講師に招き、本についての連続したセミナーには、多くの読者が参加し、「本」とその周辺をめぐって刺激的なディスカッションが繰り広げられました。
2005年実施セミナーから
「本の底力」 宮下志朗・鹿島茂・今橋映子
「いま天皇・皇室を語る」 小熊英二・島田雅彦・原武史
「外国語上達法〜まず日本語から」 三森ゆりか
「学力崩壊時代に読書と教育を問う」 亀山郁夫・小谷真理・佐藤良明・巽孝之
「闇市派落語者の弁明」 平岡正明・田中優子・金原亭馬治
「利己的な遺伝子は眠らない」 日高敏隆・長谷川眞理子・瀬名秀明
「日本美術の楽しみ」 赤瀬川原平・山下裕二
「デリダの明日:2005年/危機と哲学」 小林康夫・鵜飼哲・西山雄二・萱野稔人
「詩と国家」 菅野覚明・熊野純彦
東京国際ブックフェア共同出展
東京国際ブックフェア(TIBF)への共同出展は2004年から。個々の社での出展はそれ以前も行われていましたが、〈書物復権〉8社の会としての共同出展はこの年から。TIBFへの出展は、読者との直接交流や謝恩販売の場として、版権売買や書店への販売促進のビジネスの場として、と性格の異なるさまざまな利用の仕方がありますが、専門書出版社が単独で出展するには、経済面も含めて負担が大きく、成果を得るために必要な、事前の準備や、会期中のブース運営、セミナー・サイン会などのイベントの実施などは小人数の出版社ではとてもまかないきれません。とはいえ、団体での共同出展は、刊行書の一部を展示するにとどまり、自社のアピールはほとんどできないため、来場する読者や関係者の期待にはこたえられず、出展の意義は大きく薄れます。おそらく多くの専門書出版社が同様の思いを抱いているのではないでしょうか。
〈書物復権〉8社の会という枠組みを利用した共同出展は、このTIBFという機会を積極的に利用するための2つの課題、各社の独自性の発揮と、個々の負担の軽減、の解決のための有効な出展方法として考え出されました。2009年までの5年の継続出展により、来場される多くの方々から評価をいただいていることは間違いありませんし、ともすれば、「本」以外の展示やセミナーが増えがちなこのフェアを、あくまで、自社が刊行してきた「本」を見せ、自社をアピールする場として機能させたいという出版社本来の思いも叶えられています。ブースの展示は基本的には各社独自で行い、運営する。別途共有スペースを持ち、販売や共同復刊での復刊書を展示する。8社という出版社の数や規模、展示する書籍の性格も共通することなどの面からもさらに来場者と各社との距離を近づけることに役立っています。会期中に行ったイベントでは2004年に行った無料公開セミナー――〈書物復権〉書物の果たす役割――講師、法政大学 田中優子先生が印象に残ります。聴講者数に不安もあったのですが、大盛況。来場された図書館関係者や一般読者に対して〈書物復権〉をおおいにアピールすることができました。
また、共同企画として2007年より行っているものに、〈書物復権〉8社の会新企画説明会があります。首都圏の書店や取次店の担当者を招いて、今後自社が刊行を予定している新企画や刊行書の背景を、それぞれの編集者が説明する。共同で行うために時間の制約はあるのですが、自社の新企画の刊行の意欲や企画の意図を販売に携わる方々に直接に伝えることのできる貴重な機会であるとともに、発表する編集者にとっても得難い経験になっています。来場される書店の方々との懇親や情報交換もブックフェアならでは、ともいえます。
2009年の各社説明企画から(抜粋)
みすず書房 『フロム・ヘル』/未來社 『フォトネシア』『俳優の仕事』『出版のためのテキスト実践技法/総集編』/法政大学出版局 新叢書『サピエンティア』/白水社 『倒壊する巨塔』『プーチンと甦るロシア』『チェチェン 廃墟に生きる戦争孤児たち』『東欧革命1989』/東京大学出版会 『大人のための近現代史』『A Little American Universe』/勁草書房 双書プロブレマータ一斉復刊/紀伊國屋書店 『死の床で語る聖書的物語』『創造:地球上の生き物を救う』/岩波書店 『加藤周一』自選集
専門書出版社がTIBFに出展し、成果を得るためには、直接携わる営業部だけでなく、社全体として取組むことができるかどうかが大きなポイントになります。展示販売も大事ですが、それは出版社にとってフェア活用の一部分でしかありません。編集者やその他の部署を含めた参加が継続して出展できるかどうかの鍵ですし、継続することが、さらに読者と出版社との距離を近いものにします。皆、慣れない経験ですから、戸惑いも多く、疲れもありますが、書店人や図書館人、海外からの来場者、さらには本を求めてくる読者との直接の出会いは、それだけで満足できるものでもありますし、目に見えない成果ももたらしてくれます。個々の社の負担を軽減しながら、最大の成果を得る。共同出展には、また違う方法もあるのかもしれません。共同でできるイベントもまだあるはずです。次年度以降も、新しい可能性を模索しながら出展していきたいと考えています。
最後に
〈書物復権〉は、この共同事業を立ち上げたときに作成した文中に使われたことばですが、失った権利を取戻すという意味ではなく、一冊の書物を必要とする読者に届ける責任が出版社にはあり、そのための共同が必要という意志が込められたことばです。参加各社の独自性を生かしながら新しい協力のかたちをこの先も試みていきたいと考えています。
(みすず書房代表取締役)
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