「助成出版のすゝめ」序説

堀井 健司



 研究成果の公刊と大学出版部

 学問とは「人間が関わる世界の様々な現象を言語によって説明し理論化しようとするもの」といえる。そして学問研究によって生み出された成果は、人類の知的共有財産の一部を構成していく。こうして研究成果は、「言語」を媒介して、人類の知的共有財産の生産・普及・発展に寄与する。俗に“publish or perish”といわれる所以である。
 他方、大学出版部の事業において、学術研究成果の出版は、重要な基本的使命の一つである。それは、「学問研究」を重要な使命としている大学の理念および機能と大学出版部が深く関わっているためである。

 大学出版部の苦悩

 かつてアメリカのエール大学出版部長のノーマン・V・ドナルドソン氏は、「大学出版部はその仕事の性格からして、利益をあげることを期待できないし、援助なしにはその費用をすべてまかなうことすら期待できない、と考えられる」と述べている。
 なるほど、現実には、学術書は読者対象が狭く、また普及・販売に時間がかかる。在庫に対する管理費や税金は、出版経営を圧迫する。さらに、1990年代半ばからの日本の不況は、大学出版部にも深刻な打撃を与え、これまで以上に厳しい経営環境に立たされているといえる。
 こうした中で、内容的に優れた研究成果でありながら、採算面の見通しが立たないために、刊行を断念せざるを得ないという事態が恒常化すれば、大学出版部は本来の事業に大きな支障を来たさざるを得ないことになる。
 活動の根幹にかかわるこの問題に対して、アメリカの大学出版部では、自己資金の形成に努めるとともに、公私にわたる出版助成金・寄付金を積極的に導入することによって、問題解決を図ってきた。実際、営業損益の実に8割以上の金額の援助(大学の援助と助成金)を得ることで、経常赤字を最小限に抑える努力をしている。
 日本においては、大学からの援助額以上の助成金を、外部から積極的に得ることによって、経常赤字を抑える努力をしている。その端的な例が、「出版助成」である。
 以下、書籍を通しての研究成果の公表のケース、特に出版助成を受けての出版について、若干の考察を試みる。

 出版助成を受ける姿勢

 出版助成の意義は、何よりもまず経済的な助成である。それを受けるためには、「出版助成」の必要条件と、それと対峙する姿勢が整っていることが重要である。ここでは、出版助成を受ける姿勢について、いくつかのポイントに絞って、各々掲げていく。
(1)助成出版を企図するに際しての条件について、以下が挙げられる。
 まず、原稿が出来上がっていること、である。これなしでは、すべてが机上の空論となる。
 そして、優れた内容であること、である。内容が弱くて売行部数が望めないために助成出版を受けるものが皆無ではないが、そのような本に対して読者は敏感である。
 さらに、指定の期限内に刊行可能であること、である。これがおぼつかない企画は、そもそも助成出版の検討の俎上にのせるべきではない。
(2)出版助成を受ける前提となる意識について、以下の二点を挙げる。
 第一に、出版助成を得ての出版は例外でない、ということである。東京大学出版会の竹中英俊氏は、助成出版の実態について六つの類型化を試みた上で、「出版助成制度の積極的な利用は出版社の主体的な活動の一部である」と指摘している。さらに、刊行された本は、読者にとって、それが出版助成を受けたものかどうかは関係がない、そして一般企画による出版よりも、対象分野に対する「知識」、内容の価値を見抜く「見識」、部数・コスト計算・定価等を見込む「算式」能力を必要とする、としている。
 第二に、市場に出ない(流通ルートを経ない)ものは、狭義の意味で「出版助成」ではない、ということである。定価をつけずに助成団体へ納める、または刊行後の助成団体への納品部数が多い例が、まま見られる。この場合、法政大学出版局の平川俊彦氏の指摘のとおり、たとえ、書籍の形となっても、仲間内にのみ配付され、すなわち、広く読者の目に触れず、研究成果を世に問うことができないものは、出版本来の使命を果たしていないといえる。つまり、「出版助成」とは市販される書籍への助成を指すのである。
(3)前項を受けて、出版助成を得ての出版の気構えについて、以下の二点を挙げる。
 第一に、助成団体は出版助成を行なうこと自体が事業の一環である、ということである。特に、公益財団や私立大学による出版助成では、助成団体の専門分野への助成がほとんどである。言うまでもないことだが、助成を受ける著者・出版社はその点を十分に理解した上で、「助成団体と共に書物をつくる」意識をしっかりともたなければならない。
 第二に、たとえ助成決定された出版企画であっても、それを刊行する過程と刊行後の活動において、気を抜くことは許されない、ということである。刊行期限内に出版を全うすることは、助成を受ける者の義務である。刊行後、各種出版賞等の受賞に与ることは、著者・出版社の名誉であることはもとより、助成団体の名誉である。刊行後のフォローも十分に行ない、互いの関係を良いものとする。
(4)最後に、出版助成を得て出版する書物が経る、三つの「審査と評価」について、一言しておく。
 第一段階のレフェリー審査は、専門的見地から厳密に行なわれることにより、それ自体が大学の自己評価機能の一部をなす。第二段階の、出版社における内部的な企画検討の過程では、出版の可能性と現実性についての独自の判断が下される。
 この二つの「審査と評価」の過程を経て、世に送られた書物は、そこで不特定多数の専門的・非専門的読者、そして歴史の審判という第三のもっとも苛酷で厳密な「審査」を受けることになる。その過程を経て、はじめてこの書物が、著作者の研究活動にフィードバックされるとともに、社会的・公的な財産となるのである。

 おわりに

 大学出版部協会では、「刊行助成部会」を設け、学術書の出版助成に関する調査・研究を行なっている。同部会は1999年度より小委員会制度を充実させ、各種出版助成制度について、幅広く、深く把握し、同制度の普及に努める組織が整った。これまでの活動の経験を踏まえて、このほど、助成出版の理念や概要、事務手続き等をまとめた小冊子『助成出版のすすめ 2001年版』を発行した。紙幅の関係で本稿では触れることのできなかった、助成出版の実務については、この冊子あるいは協会ウェブサイト (http://www.ajup-net.com/susume.shtml)を参照いただきたい。
 いまだ不況に喘ぐ昨今、助成団体の事業縮小、事業休止の話を耳にする。助成団体は自身の事業を厳しく見直し、制度の再編成を行なっている。当然に、助成金額の増大はおぼつかない。
 こうした厳しい環境にある今、出版社は、出版助成本来の趣旨を十分に理解し、出版助成制度の重要性を改めて認識した上で、これを大いに活用して資金的な援助を得て、優れた学術書の刊行に邁進しなければならない。

[付記] 本稿は「第4回 日本・韓国・中国大学出版部協会合同セミナー」(2000年8月25日)における筆者の分科会発表「日本における学術書の刊行助成制度―大学出版部の立場から―」の総論部分をもとに、文中で触れた『助成出版のすすめ』などを参考にしながら、大幅に加筆したものである。
(慶應義塾大学出版会)



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