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ブルースの四季 夏
害虫の歌
湯川 新
1920-30年代のブルース歌謡には、多種多様な動物が登場する。動物たちは、おおむねは男と女の性的魅力を誇張した比喩である。雄牛、雄山羊、ぶんぶん蜂、黒蛇などは男性で、雌牛、乳牛、猫、豚、雌鳥などは女性である。だが、それ自体として主題化される動物もあって、それらが、蚊、南京虫、ボー・ウィーヴィルなどの害虫であった。
昨夜、スプレーを買って、家中に噴霧した/入り口は蚊だらけで、誰もなかに入れない(ブラインド・レモン・ジェファーソン)。南京虫は悪魔、ひどいことばかりする/あいつが啄木鳥であたしが木の幹みたいだ(ベッシー・スミス)。ちいさなボー・ウィーヴィルが飛んでいる。/綿花を植えても、半セントにもならないよ(チャーリー・パットン)。
なかでも好んで歌われたのが、南部の主要農作物たる綿花の害虫、ボー・ウィーヴィル(Anthonomus grandis)である。成虫で体長3〜5ミリ、綿の蕾に産卵し、成虫はその葉を、幼虫はその蕾を食する。3月から12月までの一綿作期に4〜5世代交代する。1892年にテキサス州に登場し、1907年にミシシッピー州ナッチェスで農業検査官によりその存在が同定され、数年後には南部諸州の綿花地帯全域にまでその被害が広がった。第二次世界大戦後、塩素化炭化水素系の殺虫剤の開発によって被害が縮小したが、現在でも例年合衆国の綿花作物の8%が壊滅させられている。無論、この時期、この虫が「害虫」となったのは、南北戦争の動乱が収まって、綿花がプランテーションの枠組みのもとで、巨額の利潤を生み出す換金作物として大量に生産されるようになったからでもあろう。18世紀末に紡績機械が発明されて、木綿が日常着の基本となり、原材料の綿花に大量需要が生じていたのである。布地の生産は機械化されたが、綿花の生産の機械化は困難で、とりわけ綿摘みは手作業に依存する。米国では、この労働力の主体は小作人の黒人たちであった。ブルースにこの害虫にまつわる歌謡が多いのは当然かもしれない。
しかし、歌手たちはこれを単に害虫として退けてはいない。迷惑だが何処に行っても出くわしてしまう仲間、かよわく見えてとんでもないことをやってのける怪物として擬人化される。新手の殺虫剤にめげずに増えまくり、自由気ままに飛び回るこの虫はときとして賛嘆の対象ですらある。ブルースマンの過半は、農業労働を嫌悪した人々だからこうした害虫の歌が生まれただろうか。農業自体が、刈り分小作制度のもとでは、黒人層にとって過酷にすぎ、成果の乏しい労働であったために、かかる歌謡が芽生える素地があったのだろうか。ともあれボー・ウィーヴィルは、ブルースの世界では南京虫や蚊とは違い、けっして恨みの対象にとどまらない虫なのである。
(ゆかわ・あらた/音楽社会学者)
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