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日本の大学公開講座
瀬沼 克彰
大学を社会に開く公開講座
大学公開講座が世の中で注目されるようになってきた。かつて新聞や雑誌がこの問題で特集をすることはまったくなかったが、近年、マスコミがしばしば大きく取り上げるようになってきた。その理由は、学歴に代わって社会人になってからの学習歴が大事になってきたこと、職業生活や家庭生活を充実させるために学習が不可欠だと、多くの人が考えるようになったことなどが考えられる。
一方、提供者側の事情として、一八歳人口の急減に悩まされている大学は、生き残るために、増えつづける中高年者を大学に受け入れたいと考えている。需要者の要求と提供者側の考え方は一致して、大学を社会に開く一戦法として、公開講座が最も着手可能である。
本稿では、公開講座のこれまでの歴史・現状における開講の実態を述べて、これからの方向性について示唆してみたいと思う。大学公開講座は、わが国において、まだまだスタートしたばかりで、本格化するのはこれからのことといえる。
公開講座のこれまでの歴史
欧米における大学公開講座の歴史は古い。大学公開講座などの生涯学習事業を包括する概念として、「大学開放」(universityextension)があるが、大学がもっている教育資源を学外に開放しようというこの組織的な試みは、19世紀のイギリスで始まった。ケンブリッジ大学のフェロー、J・スチュアートが特権階級に占有されていた高等教育を一般開放する目的で、1873年にケンブリッジ大学の講師を全国各地に派遣して、一般民衆に拡張講義を行った逍遙大学がその初めといわれる。
さらにアメリカはイギリスの影響を受けて、ハーバード大学、エール大学が20世紀に入って公開講座をスタートさせた。アメリカでは「通信教育、サマースクール、拡張クラス、夜間大学、宿泊制教育、各種研究会、印刷・出版事業、図書および視聴覚教材の貸し出し、放送教育、その他各種の機関や団体等への知的援助活動」などの形態を加え、独自の大学開放をつくりあげた。さらに、高等教育の開放を「社会貢献」に位置づけ、大学の担うべき「第三の機能」として定着させていったところに特徴がある。
このように欧米は、100年、200年の歴史をもっている。
一方、日本の公開講座はかなり遅れて、いまから20年前に早稲田大学エクステンションセンター、上智大学コミュニティカレッジがスタートしている。大学の社会的役割は、学生の教育、教授スタッフの研究、社会サービス(社会貢献)の3つであるが、日本においては、社会サービスの考え方が遅れていて、近年、ようやく活発化してきた。
公開講座の4つのステージ
私は、1991(平成3)年に日本の国立大学として生涯学習センター第一号である宇都宮大学に勤務したこともあって、社会的サービス問題にこれまで関心をもって調査研究を行ってきた。大学公開講座の歴史を類型化して、以下の4つのステージに分類してみた。
(1)片手間仕事型(教務課、庶務課などがメインの仕事で、年に数回公開講座を開催)
(2)依存仕事型(名前だけは教務課、庶務課から独立した担当者を置いたが、講座数は小規模)
(3)独立型(専管セクションを置いて、独立した事務組織をもっている。国立大学20校、公立大学12校、私立大学50校)
(4)大規模型(専管セクションが充実し、収益を目的とした事業を行っている)
この十数年を振り返ってみても、(1)から(2)へ進むことはまことに少ない。(1)のステップの大学は10年経過しても15年が過ぎても、8割を占める(1)のステップの大学は変化をみせない。(2)から(3)、(3)から(4)への発展ということも、それほどは目立っていない。一八歳人口の急減に対して、増大する社会人や高齢者を大学に迎え入れるという手法は、簡単に取れないのである。
大学の社会的サービスは、本来、大学教育の時間的・空間的拡張として、正規授業の開講が望まれるが、実際には社会人、高齢者のニーズに適合するように再編成して提供している。その意味では、飲みにくい薬をオブラートにくるんで、飲みやすくしたプログラムという表現もできるだろう。
現状では、(3)の生涯学習センターがこの数年の間に、特に私立大学で増加していることは注目に値する。旧文部省から委嘱された調査に参加して、実態を把握したことがあるが年間予算規模でみると、500万円未満(20%)、1000万〜3000万円未満(22%)、5000万〜1億円未満(13%)、1億円以上(7%)という割合であった(日本生涯学習総合研究所『大学の生涯学習センターについての調査』2000年)。いずれにしても、予算規模は、きわめて小さいのである。
受講者数は79万人と増えている
予算でみると、まことに大学経営に寄与することは少ないが、文部省(当時)の統計をみると、カルチャーセンターに比べて伸びは大きいように思う。講座数、受講者数の経年変化をみると、1986(昭和61)年では、2500講座、38万人、1995(平成7)年、8236講座、64万人、2000(平成12)年、1万3000講座、79万人と増加している。
公開講座の講座数は、国立(1437)、公立(814)、私立(1万794)と圧倒的に私立が多い。受講者についても、6万人、6.3万人、66万人と私立が8割以上を占めている。講座の内容は、表1のように多い順に並べると、一般教養(29%)、現代的課題(20%)、専門・職業(18%)、語学(17%)、趣味(12%)、スポーツ(5%)とつづいている。
表-1 公開講座の内容
区分 | 専門・職業 | 現代的課題 | 一般教養 | 語学 | 趣味 | スポーツ | 計 |
国立大学 | 講座 408 | 講座 391 | 講座 295 | 講座 57 | 講座 179 | 講座 107 | 講座 1,437 |
公立大学 | 163 | 311 | 246 | 57 | 6 | 31 | 814 |
私立大学 | 1,716 | 1,843 | 3,221 | 2,118 | 1,366 | 529 | 10,794 |
計 | 2,287 (18%) | 2,545 (20%) | 3,762 (29%) | 2,232 (17%) | 1,551 (12%) | 667 (5%) | 13,045 (100%) |
注:平成12年度文部省調査
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このなかで、現代的課題が第2位になっていて難しい内容のようにみえるが、そういうことではなく、分類上この項目が実現されているので、やや目立っているということである。受講者の対象ということが、これから新しい講座を開設するにあたって重要になってくる。しかし、これも集計上、一般成人というくくり方をしていて87%を占めている特定職業人(4%)以外では、男性のみ・女性のみ、小・中学生・親子・高校生などすべて1%という数値なので、対象の正確な割合は読みとれないで残念である。
公開講座は、数的には伸びてきて、年間100万人の受講者を獲得できる力がついてきたように思う。しかし、前述のように収入面で1億円を超えているのは、数校にすぎない。それは1人当たりの受講料が高く取れないためである。一般学生の授業料は文科系でも年間100万円に達するが、公開講座の受講料は年間5万円程度で、どんなに高くしても10万円を超えることはほとんどない。
1人当たりの受講料を高くすることができないとしたら、人数をたくさん集める以外に方法がない。わが国の場合、1万人以上の受講生を集めているのは、早稲田大学・上智大学・昭和女子大学などきわめて限られている。アメリカも大学経営は、厳しさを増している。授業料収入も伸びないし、州からの補助金は年々減少している。そこで、州立大学のサバイバル戦略として、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のように、公開講座を5000講座に増やして、10万人の受講者を抱え、日本円にして30億円の収入を確保した。
公開講座で収益を出して、それを一般学生の学部教育にまわしている。アメリカの州立大学は、こうした経営方法で生き残っている。また、東部の有名私立大学は、ビジネス教育、ロースクールによる短期集中型の高額なセミナー料で収益を出して、学部教育の助けにしている。わが国においても、一八歳人口は1992(平成4)年のピーク時205万人が、現在150万人に減少し、2007年には130万人になる。大学生き残りのためには、おそらくこれらの作戦以外に道はないと考えられる。
大学生き残りに寄与できるか
そこで考えられるのは、薄利多売のカリフォルニア方式をとるか、ハーバードやエールのような高価値付加の少人数型でいくかの選択ということになる。わが国の大学は、これまで前者の手法を採用して、1万人の受講者を集めることに力を入れてきた。しかし、1人当たりの受講料が低いので、どうにも収益は伸びない。
一方で、コストは、教室の使用料、PR宣伝費、講師料、事務のタックス人件費など、年々増加していく。大学公開講座で、黒字を出しているようなところはきわめて限られている。カリフォルニア方式は、わが国の場合、競争相手が多すぎて、1つの大学で10万人の受講生を集めるということは至難なことである。
競争相手として考えておかなければならないのは、公民館、公立生涯学習センターなどで、ここでは現在でも受講料が無料で教室を開催している。また、新聞社やテレビ局の営業するカルチャーセンターは、駅前ビルなどで交通至便の一等地で講座を提供している。大学は立地で負けてしまうことも少なくない。現在、大学の最もホットな戦略は、サテライト・キャンパスを開営することである。
文部省(当時)の調べによると、表2のように、2000(平成12)年時点で、国立(24校)、公立(5校)、私立(50校)がサテライトを開設し、これから開設予定のところは22校と出ているが、私の予測ではこの倍の数字は出ると考えられる。IT革命の時代だから、遠隔授業も十分可能になってきているにもかかわらず、人々は立地のよいところで教える側と習う側が触れ合って対面する、アナログ志向がみられる。
表-2 サテライト・キャンパス開設状況
区分 | 全大学数 | 開設大学数 | 開設予定大学数 |
国立大学 公立大学 私立大学 |
校 99 74 497 |
校 24 5 50 |
校 6 4 12 |
計 | 670 | 79 | 22 |
注:平成12年度文部省調査
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IT時代のハイテクが求められると同時に、ハイタッチが重要になってくる。同じように、ハイテク機器を駆使した授業が求められるとともに、オールドメディアとしての出版物の大切さが求められる。学術書を使った考える授業、論文作成が必要になる。
これからの大学公開講座を予測してみると、二極化の方向が続々と出てくるであろうと思う。受講生の量の獲得に力を入れる大学と、少数の人に対して大学院レベルの専門教育を行う大学である。この場合、受講料は1回5万とか6万円という値段で、10回分を取るという方式である。先日、ある新聞社主催の講演会で、多摩大学の中谷巌学長(当時)が話していたが、本年から渋谷駅の駅ビルでそうした公開講座を開催するという話であった。
私も新宿サテライト教室で、2001年から大学院レベルの公開講座を開講している。単位を出せる科目は、受講生も集まるが、そうでない科目の受講生集めには、本当に苦労している。2つのどちらの方法を採用するにしても、企画・運営を円滑にこなせるスタッフを育成しないことには、運営の成功はおぼつかない。人材育成が急務だと思えてならない。
(桜美林大学生涯学習センター長・教授)
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