デジタル出版最前線[6]

デジタル的な本のあり方とは


■「出版社は情報を送り届けるビジネスなのか(ビットのビジネス)、それとも製造業なのか(アトムのビジネス)」。「デジタル形式の書物は決して品切れにならない。いつでもそこにあるのだ」。出版界の守旧派にすれば「電子出版好きの御託」であり、書籍愛好家にすれば「別世界の世迷い言」に聞こえるかもしれないが、デジタル出版の現状からすれば、冒頭の文章にとりたてて新規性はない。オンライン書店が一般に認知された今では、当たり前のことが書かれているにすぎない。
■しかし、1995年に『ビーイング・デジタル』という本の中で、この文章に出会ったときは、まるで未来社会の予言のように聞こえた。インターネットがブレイクした年とはいえ、デジタル革命(IT革命とは言わなかった)は夢であり、そこで語られる到達点は、ネットワーク社会の理想郷にすぎなかった。そもそもビーイング・デジタルという言葉自体、著者のMIT教授N・ネグロポンテによるアジテーションではないか。CD-ROMのようなパッケージ系電子出版でも成功例が少ない中で、一足飛びのネットビジネスは未来の話であった。
■「未来の予測についてはずれたことはないが、それがいつ起こるかは予測が当たった試しがない」そうである。ただ、コンテンツがネットワークに流れ出す速度については、一般の予測よりはるかに前倒しで実現している。リアル社会の7倍とも10倍とも言われるネットワーク上の時間軸で、ネグロポンテが描いた未来はすでに今日となったのである。彼は建築デザイナー出身らしく、人とマルチメディアをつなぐインターフェースに注目して開発している。それだけに紙の利点も認めている。「書物はコントラストの高い表示装置である。軽くて簡単に目を通すことができ、それほど高価でもない」とも書いている。紙の本の「デジタル的なあり方(BEING DIGITAL)」に可能性を見いだせば、自ずと現行のデジタル表示装置である液晶が不満になる。
■一般にディスプレイの進歩というと、精細度に注目されるが、読みやすさではコントラストも重要な要素となる。そして軽くフレキシブルに折り曲げることができること。何よりもデジタルディスプレイの欠点は電源がいることである。電気がなくても表示を維持し、書き換えるときだけ電気を要する表示装置。早くからこの重要性に気づいていたネグロポンテは、インターネットブームのさなか、自らが率いるMITメディアラボで「電子ペーパー」の開発に取り組んできた。97年にこの開発チームが独立して設立した会社が、世界に先駆けて商品化に成功したEインク社である。
■先頃開催された東京国際ブックフェアの会場で、試作品の電子ペーパーを見てみた。なるほど高精細でコントラストも高く、液晶に比べればはるかに見やすい。ただ、多くの人が期待していた「紙のような」フレキシビリティとはほど遠く、ごく普通の電気的な表示装置である。手のひらの中で折り曲げられた電子ペーパーの写真を、雑誌などでよく見るが、ベースがプラスチックだから当然かなり堅い。会場で担当者に聞いたところ、写真を撮るためにかなり力強く握っているそうである。
■今はカラー液晶の全盛である。しかし、安く多量のカラー印刷ができるからといって、文字中心のコンテンツを色刷りすることはまずない。電子ペーパーのように文字がきれいに読めるブラウザは、潜在的な需要がある。要は電子ペーパーでこそ可能なコンテンツを開発していくことである。
(ブーイング・デジタル(BOOING DIGITAL))



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