離散トモグラフィーとデルタ関数
価格:3,520円 (消費税:320円)
ISBN978-4-501-62930-4 C3041
奥付の初版発行年月:2015年07月 / 発売日:2015年07月上旬
離散トモグラフィーとは、限られた情報を手掛かりに全体像を把握するための方法を研究する分野である。CTスキャンや難プレなど、一定のルールに従えば一意に定めることができるものをいうが、それらのルールを取っ払い、統一的に解決する方法が、デルタ関数である。本書は、デルタ関数により、離散トモグラフィーの基本定理を証明するとともに、種々の具体的な問題を解決していく。初学者を前提として、線形代数と微分積分の知識があれば読み進めることができるよう「補説」の章を設け、この一冊で学習が完了できるよう配慮した。
一般に「トモグラフィー」と呼ばれているのは,「CT(computerized tomography)スキャン」に代表されるように,3次元の物体をさまざまな平面での切り口の形状から再構成する方法を研究する分野のことである.一方「離散トモグラフィー」とは,一言で言えばその「離散化」なのだが,平面上の格子点ごとに与えられた数値データを,小さな「窓(ウィンドウ)」を動かしながら覗いて見たローカルな情報から再構成する方法を研究する分野,と言っていい.これは20世紀後半頃から注目され始めた新しい研究分野で,現在では,組み合わせ論,数値解析,計算量理論などさまざまな立場から活発に研究されている.
筆者は数年前に離散トモグラフィーのいくつかの問題が,デルタ関数などを扱ういわゆる「超関数」の理論を用いれば統一的に解決されることを見いだし,それを論文として発表した.
この本を執筆し始めた動機は,離散トモグラフィーの数々の具体的な問題,そこには例の「数独」と似たパズルも現れるのだが,その探求を本線としながら,その道具としていつのまにか超関数論の基本を身につけられるような入門書を作りたい,というものであった.そのため,この本では必要な式変形,等号,不等号のすべてに,なぜそうなるかという理由を明記することにし,「定義,定理,証明」と無味乾燥に羅列していくことを可能な限り避けた.
読者の予備知識としては,
「大学1,2年の線形代数と微分積分」だけしか仮定しない.また,超関数論という広大な理論すべてを述べるよりも,その基本的かつ本質的な部分に焦点を定めて解説した.さらに,「代数学や組み合わせ論の一分野として離散トモグラフィーを知りたい」という人たちはもちろんのこと「解析学の花形の一分野としての超関数論を基本から勉強したい」という学生や研究者にも有益であるように,具体例を交えながらわかりやすく説明することを心がけた.
本書は,第1章から第15章と,補説の第Ⅰ章から第Ⅳ章とで構成されている.第1章から第4章では,離散トモグラフィーがどのような問題を対象とするか,ということを用語や概念を導入しながら説明する.続く第5章から第11章が超関数論,およびそのフーリエ変換論である.ここで得た知識を駆使して第12章で離散トモグラフィーの基本定理が証明される.基本的に1次元の場合を中心に解説するが,実はほとんど並行した議論がn次元の場合に通用し,自然に一般化できるということも第12章の後半で述べる.第13章から第15章では基本定理を用いて種々の具体的な問題を解決していく.この本で取り上げていないウィンドウに対しても,読者自身が基本定理を用いて考察できるように,さまざまな手法もちりばめてある.
また補説の第Ⅰ章では本文中で必要となる群論の用語と関連した概念を解説し,第Ⅱ章では開集合,閉集合,収束などの位相的な概念を距離空間論の枠組みの中で解説した.それぞれ「群論」や「位相空間論」を習っていなくても十分理解できるように叙述したつもりである.第Ⅲ章では本論でしばしば使われる線形代数の用語や概念を一通り解説した.習ったが忘れた,というようなときに参照して頂くとよい.第Ⅳ章では第11章で証明される線形代数のある命題の「商空間」を用いた別証明を与えている.最後に「集合の記号一覧」において,本書で用いられる集合に関する記号や用語の意味を解説した.
本書を通して,離散トモグラフィーという名前のとおりの「離散」の世界と,超関数論という「連続」の世界の意外な関わりに少しでも興味をもって頂ければ幸いである.
平成27年5月
硲 文夫
目次
第1章 離散トモグラフィーとは
1.1 問題の例
1.2 問題の定式化
1.3 (0,±1)問題
1.4 一般論の先取り
練習問題
第2章 基本概念
2.1 アレイとそのサポート
2.2 ウィンドウ
2.3 零和アレイ
練習問題
第3章 アレイと線形代数
3.1 アレイの演算
3.2 有界なアレイと零和アレイ
練習問題
第4章 離散トモグラフィーの基本定理
4.1 トーラス
4.2 基本定理の紹介
練習問題
第5章 トーラスT
5.1 T上の関数
5.2 可換図式
5.3 C∞(T)の位相
練習問題
第6章 超関数
6.1 超関数の定義
6.2 超関数の例Ⅰ
6.3 超関数の例Ⅱ:デルタ関数
練習問題
第7章 超関数の演算
7.1 関数倍
7.2 微分
7.3 関数の微分と超関数の微分
練習問題
第8章 超関数のフーリエ係数
8.1 定義
8.2 フーリエ係数の線形性
8.3 微分とフーリエ係数
練習問題
第9章 フーリエ変換
9.1 フーリエ変換
9.2 アレイの位数
9.3 フーリエ変換と位数
9.4 超関数の位数
練習問題
第10章 逆フーリエ変換
10.1 逆フーリエ変換の定義
10.2 超関数→アレイ→超関数
10.3 アレイ→超関数→アレイ
練習問題
第11章 デルタ関数の特徴付け
11.1 超関数の台
11.2 台に関する基本補題
11.3 デルタ関数の特徴付け
練習問題
第12章 基本定理の証明
12.1 基本定理の定式化
12.2 基本定理の証明
12.3 n次元への一般化
練習問題
第13章 基本定理の応用Ⅰ
13.1 フック型のウィンドウ
13.2 特性多項式と零点
13.3 具体例
練習問題
第14章 連立トモグラフィー
14.1 連立トモグラフィーとは
14.2 連立トモグラフィーの基本定理
14.3 連立トモグラフィーの例
14.4 周期的なアレイ:定義と記号
14.5 周期的アレイの求め方
練習問題
第15章 基本定理の応用Ⅱ
15.1 L字型のウィンドウ
15.2 十字型のウィンドウ
15.3 十字型のウィンドウ:周期解
練習問題
補説 第Ⅰ章 群
Ⅰ.1 群と準同型
Ⅰ.2 部分群
Ⅰ.3 準同型の核と像
練習問題
補説 第Ⅱ章 位相
Ⅱ.1 距離,開球,閉球
Ⅱ.2 開集合
Ⅱ.3 閉集合
Ⅱ.4 連続写像
Ⅱ.5 連続性の判定法
Ⅱ.6 点列の収束
Ⅱ.7 閉包と極限
Ⅱ.8 Tの位相
Ⅱ.9 1の分解
練習問題
補説 第Ⅲ章 線形代数学の基本的事項
Ⅲ.1 線形空間の定義
Ⅲ.2 部分空間
Ⅲ.3 補空間
Ⅲ.4 基底,次元
Ⅲ.5 線形写像
練習問題
補説 第Ⅳ章 商空間と線形写像
練習問題
集合の記号一覧
練習問題解答
参考文献
索引