ピアノの日本史 楽器産業と消費者の形成
価格:5,940円 (消費税:540円)
ISBN978-4-8158-1029-0 C3021
奥付の初版発行年月:2021年06月 / 発売日:2021年06月上旬
富裕層の専有物であったピアノが人々に親しまれるようになった由来を、明治~現代の歴史からたどり、その普及を可能にした意外な原動力を示す。斜陽産業化の危機を超えるメカニズムをはじめてとらえ、音楽教室とともに世界へと拡がった日本の鍵盤楽器産業の全体像を描ききった意欲作。
かつてピアノは人々の憧れであり、豊かさの象徴であった。高級住宅街を歩くとどこからともなく聞こえてくるピアノの音色は、曲とともに文化の香りをも運ぶものであった。普段目にする小学校やホールに設置されているピアノであっても、誰でも使用できるわけではなく、たとえ使用を許可されたとしても曲を奏でることは容易ではなかった。そのため、ピアノを弾ける人には無条件に称賛の言葉が送られた。現在、ピアノは電子技術の発達によって価格が押し下げられ、特別な製品ではなくなってきているが、それでもパイプオルガンがキリスト教会を連想させるように、ピアノは豊かさのイメージと繋がっている。
「豊かさの象徴」であるためにはピアノが高額商品であり、一部の富裕層だけのものでなければならない。ピアノが誕生した一七世紀は、ピアノは王侯貴族の邸宅やサロンに設置される夢の楽器であった。それを弾くことができるのは、上流階級のファミリーか彼らに仕える職業ピアニストであり、その調べを楽しむことができるのも一部の特権階級であった。ピアノが「人々の憧れ」であったのは、一般消費者が簡単にはアクセスできない、入手困難……
[「序章」冒頭より]
田中 智晃(タナカ トモアキ)
1976年生。2009年、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。現在、東京経済大学経済学部准教授(博士、経済学)。
上記内容は本書刊行時のものです。
目次
序 章 ピアノ産業と消費者の創造
――構造的制約を超えて
1 ピアノへの憧れと普及の始まり
2 ピアノ産業の構造的制約
3 経済学・経営学からの視点
4 先行研究
5 構成と資料
第1章 西洋楽器の流通構造の形成
――三木楽器とヤマハ
はじめに
1 音楽教育の進展と楽器流通
2 製造会社による流通統制
おわりに――流通系列化と卸商
第2章 卸商オリジナル・ピアノの成立と製販攻防
――三木楽器と河合
はじめに
1 河合小市製造の三木ピアノとその流通
2 戦後の三木ピアノをめぐる卸商と製造会社の戦略
おわりに――卸商の歴史的役割
第3章 大量生産されるピアノ
――ヤマハと河合の発展
はじめに
1 日本ピアノ産業の誕生
2 ヤマハによるピアノ製造技術の進化――コスト削減と品質向上の狭間で
3 量産メーカーによる最高性能の追求――ヤマハと河合楽器の試み
おわりに――大量生産から大量流通へ
第4章 ヤマハ音楽教室の誕生
――高度経済成長と個人市場の形成
はじめに
1 学校販売の隆盛とヤマハ音楽教室の誕生
2 河合楽器による予約販売の開始とヤマハの代理店組織
おわりに――個人市場に対応した製販協業体制
第5章 中小ピアノメーカーの蹉跌
――松本ピアノと流通という参入障壁
はじめに
1 戦前期の松本ピアノ製造
2 戦後の松本ピアノ工場の競争劣位
おわりに――流通という参入障壁
第6章 電子楽器の登場
――コルグとヤマハ
はじめに
1 国産初のリズムマシンからシンセサイザーへ
2 シンセサイザーをめぐる外部環境変化
おわりに――製品開発能力と流通による参入障壁
第7章 成熟市場の中のヤマハ音楽教室
――特約店政策の効用と限界
はじめに
1 ピアノ市場成熟化に対する戦略
2 音楽教室をめぐる特約店政策の変化
おわりに――成熟市場での技術変化と系列組織
第8章 斜陽産業化への対応
――世界市場への展開と新たなピアノの開発
はじめに
1 ヤマハによる海外市場への挑戦
2 海外ビジネスの発展と国内事業の再編
3 市場成熟化に抗する製品開発――ヤマハ製自動演奏ピアノ
おわりに――過渡期におけるグローバル化と技術革新
終 章 鍵盤楽器産業のゆくえ
はじめに
1 ピアノ産業を流通史から考える
2 今後の展望
注
あとがき
参考文献
図表一覧
索引