シリアスゲーム 教育・社会に役立つデジタルゲーム
価格:2,090円 (消費税:190円)
ISBN978-4-501-54270-2 C3037
奥付の初版発行年月:2007年02月 / 発売日:2007年02月中旬
日本初の本格的シリアスゲーム論.
2004年3月,米国カリフォルニア州サンノゼで開かれた世界最大規模のゲーム開発者向け国際会議「Game Developers Conference(GDC)」の会場の片隅で,第1回目の「シリアスゲームサミット」が行われた。ゲーム業界で働く,あるいはゲーム業界を目指す若者たちがあふれるGDCの会場で,このサミットに詰めかけた参加者には,やや年配の大学教授や非営利財団のスタッフなど,普段はゲーム業界にはあまり縁のなさそうな人々の顔ぶれが目立った。
250人を超える参加者たちは,ゲーム会社,学校,研究機関,非営利財団,政府系機関,病院,軍など,多様なバックグラウンドを持ち,米国内外から集まってきた。彼らに足を運ばせたのは,「シリアスゲーム」と呼ばれる「社会の諸問題解決のためにデジタルゲームを利用する」という考え方への関心であった。
ゲーム開発者,ゲームのユーザー,資金提供者,研究者,さまざまな立場の人々が,シリアスゲームへの理解を深め,他分野での実践事例を学び,交流した。そしてこの場で新たな研究開発プロジェクトも芽生えた。サミットは成功を収め,シリアスゲームへの人々のさらなる関心を呼び,コミュニティの輪を広げた。以後,シリアスゲーム・イニシアチブが主催するメーリングリストへの登録者は急増し,シリアスゲームサミットは,年2回開催される商業ベースの国際会議として定着した。マスメディアでシリアスゲームが取り上げられることが増え,新たな事例となるゲームが毎月のように紹介されるようになった。シリアスゲーム開発を専門とするスタートアップ企業が設立され,シリアスゲームを事業の柱として確立した中堅企業も現れた。政府系機関や非営利財団から数億円規模の補助金を受けた研究開発プロジェクトも,全米各地で進められている。
さらに,シリアスゲームの盛り上がりは,米国から欧州に飛び火し,欧州各地でシリアスゲーム関連のショーケースイベントやカンファレンスが開かれるようになった。欧州諸国の中小のゲームスタジオ,教育ソフトウェア会社からも,シリアスゲームは新たな事業機会を創り出すコンセプトとして関心を集めるようになった。
このような背景のなかで,欧米ではすでにシリアスゲームというジャンルが,ゲーム開発・学術研究のひとつの領域として定着しようとしている。「エンターテインメント向けに発達したデジタルゲーム技術を社会の諸領域の問題解決に活用する」というシリアスゲームのコンセプトは,ゲーム産業はもとより,教育やコミュニケーションに関わる政策・経営課題を抱えるさまざまな分野からの関心を集めている、その動きは一時的なトレンドにとどまらず,ゲーム産業からスピンアウトしたひとつの産業領域を形成しようとしている。
このような動きは,日本でも関心を呼ぶところとなり,ゲーム開発者や研究者,各分野の人々の間でシリアスゲームが話題に上る機会も増えてきている。以前からシリアスゲームの領域で捉えられるゲームの開発を続けてきたゲーム会社はすでに存在しており,ゲームを教育に利用するための研究・実践活動は長年にわたって取り組まれていた。そうした既存の取り組みもシリアスゲームという新たなコンセプトによって,改めて見直される動きにつながっている。
本書では,このような流れのなかで,ここ数年の間に形成された「シリアスゲーム」のコンセプトを解説し,なぜ欧米でこのような盛り上がりをみせているのか,その実例を交えながら議論する。そのうえで,シリアスゲームの開発や導入を進めていくうえで必要な考え方や,日本社会においてシリアスゲームに期待される役割や可能性について論じる。シリアスゲームの利用に関心のある諸分野の教育者,シリアスゲームの開発に関心のあるゲーム開発者,シリアスゲームを軸とした社会活動に関心のある研究者や公的セクターの人々などのための,シリアスゲームの開発,導入を進めるための入門ガイドや,参考資料として利用されることを想定している。
第1章では,シリアスゲームの話の前に,その基礎となるゲームと学習の関係についての概念を整理する。そもそもゲームとは何を指していて,それが学習とどう関係するのか。シリアスゲームの登場以前にもゲームを教育に利用するという考え方は存在したが,それがあまり盛り上がらなかった理由は何か,といったことについて解説する。
第2章では,シリアスゲームの概念的な要素を整理する。シリアスゲームとはどんな考え方で,どのように盛り上がってきたのか,シリアスゲームとはどのようなもので,これまでの同様な動きと何が違うのか,などについて概観する。
第3章では,シリアスゲームの個々の製品やプロジェクトの事例を紹介しながら,その特長や課題について議論する。学校教育,ヘルスケア,軍事,大学教育,広告など,さまざまな分野で開発され,利用されるシリアスゲームについての事例研究を行う。学校教育での市販ゲームを利用した教育の動向や,日本での取り組みについても言及する。
第4章では,ゲームを利用することで生じる効果や効能に関する研究の動向を概観して,シリアスゲームの効果がどういったところで期待できるのか,その現状と課題を論じる。
第5章では,シリアスゲームが展開していく大きな可能性を持った分野として注目を集めているマルチプレイヤーオンラインゲームの世界における研究や実践事例を紹介し,今後の展開の可能性について論じる。
第6章では,これまでシリアスゲームのコミュニティで蓄積されてきたゲームデザイン,開発・導入プロジェクトの進め方,過去のプロジェクトの教訓をまとめ,これから日本でシリアスゲームの開発を進めていくうえで参考とすべき点を解説する。
第7章では,シリアスゲームの将来像について論じる。シリアスゲームが持つクリエイター人材の育成を活性化する可能性,ゲーム業界にとっての可能性,社会におけるゲームの役割の変化とそれがなぜ起こっているのか,などについて展望する。
なお,デジタルメディアのゲームには,ビデオゲーム,テレビゲーム,コンピュータゲームなど,プラットフォームの種類によってさまざまな呼び方があり,その用語の使われ方は統一されていない。日本と欧米ではこのあたりの用語の使い方が異なるため,本書ではそれらを総称し,日本で一般的に「テレビゲーム」という呼び名をする文脈で「デジタルゲーム」もしくは単に「ゲーム」という表記をする。
また本書では,近年のシリアスゲームの文脈で扱われているデジタルゲームに焦点を絞り,以前から取り組まれている教育シミュレーションやアナログゲームの研究・実践については特に触れていない。
目次
第1章 ゲームと教育・学習
1.「ゲーム」の概念
2.「ゲーム」と「シミュレーション」
3.ゲームを教育に利用するメリット
4.ゲームと学習の関係を阻害する3つの誤解
5.ゲームが教育の場で受けない10の理由
第2章 シリアスゲームとは
1.シリアスゲームコミュニティの形成
2.シリアスゲームの定義と範囲
3.シリアスゲームの新しさ
4.「エデュティメント」との違い
第3章 シリアスゲームの事例研究
1.シリアスゲームの分類
2.シリアスゲームの事例
3.学校教育での市販ゲーム利用
4.日本におけるシリアスゲームの展開
第4章 ゲームの効能と学習効果研究
1.アクションゲームで外科手術の技術を向上
2.アクションゲームで資格能力を向上
3.がん患者の教育と支援
4.ゲームで恐怖症治療
5.高齢者のリハビリ効果
6.「ゲームの処方箋」研究
7.ゲームの効果の測定と評価の考え方
8.ゲームの効果測定・評価研究の難しさ
第5章 オンラインゲーム世界への展開
1.MMO研究の動向
2.社会生活シミュレーションMMO「セカンドライフ」の可能性
3.教育・訓練用途のMMO開発
第6章 シリアスゲーム開発と導入の考え方
1.シリアスゲームと従来のゲームの違い
2.シリアスゲームデザインのヒント
3.過去のプロジェクトからの教訓
4.インストラクショナルデザイナーの存在
5.プロジェクト形成とビジネスモデル
6.シリアスゲームの導入
7.親と教師のためのゲームガイド
第7章 シリアスゲームの将来像
1.シリアスゲームを軸とした産官学連携型人材育成支援
2.ゲーム業界におけるシリアスゲームの可能性
3.ゲームに対する社会的な見方が変わる
4.シリアスと言わずともゲームはシリアスに
5.「ゲームのちから」を信じる人々
参考文献
おわりに
謝辞
索引