ネットワークコーディング
価格:3,630円 (消費税:330円)
ISBN978-4-501-54830-8 C3004
奥付の初版発行年月:2010年09月 / 発売日:2010年09月上旬
ネットワークコーディングとは、複数のパケットを混ぜ合わせ、効率良くデータを送信する技術のこと。そのネットワークコーディングに関する技術および理論をまとめた概説書。日本語の単行本としてはネットワークコーディングに関する初めての一冊。訳者は三菱電機情報技術総合研究所の研究員と原著者トレイシー・ホー氏の研究室所属の研究員。
ネットワークコーディングは2000年の論文から端を発した新しい技術である.本文中に説明されているように,最初に注目された効果はマルチキャスト通信における伝送効率向上であったが,その後,符号化冗長性の付加による耐障害性の向上にも大きな効果があることがわかった.さらに,無線の同報性を利用すればさらなる効果が得られることもわかってきた.また,コーディング演算で元の情報が露見しないことによる秘匿性の向上効果も得られる.このようにネットワークコーディングには,研究が進めば進むほど効果が明らかになるであろう理論研究分野としてのポテンシャルがある.
一方,ネットワークコーディングには,実用手段としての期待も大きい.欧米では,大規模ネットワークでのマルチキャスト,狭帯域無線環境下での高信頼通信等,従来方式では所望の性能が達成できない分野での通信を実現する方式として,実験が進められている.しかし,数多くの研究者がネットワークコーディングに興味をもっているにもかかわらず,その理論的な記述からくるとっつきにくさにはばまれて,二の足を踏んでいるのも事実である.本書は,そのような研究者や技術者に,ネットワークコーディングをつかってもらうために記された本である.ネットワークコーディング理論の詳細が難しいからといって,ネットワークコーディングを使わないのは,あまりにももったいない.理論の詳細を理解しなくても,各自の要求に合わせたシステムを構成し,大きな効果をあげることができるのである.この楽しさに日本の研究者にも参加してもらいたいと思い,日本語で最初のネットワークコーディングの本として本書の翻訳を思い立った.
本書は著者たちのMITにおける博士課程での研究を基にしたものであり,何年もの講義の経験に基づいて練られたタイプの教科書ではない.そのため,多少あら削りなところもある.しかし,若い天才研究者達による,理論展開の緻密さと,実用性を考えた発想の大胆さの組合せは素晴らしい.MITの中でも,シャノンのいた名門研究室LIDSならではの実力と自信に基づくものである.まずその息吹を感じていただく助けとなるように,本書のなかで,初読の際には読み飛ばしても差し支えない部分を次にあげる.大筋の理解には不要な詳細記述,あるいは特定のアプリケーションに関わる記述は,2.6節,2.7節,3.4節,4.3節,5.1.1.2項,5.1.1.4項,5.1.1.5項,5.2節,6.2節である.
本書の翻訳のきっかけは,著者のホー先生の研究室の博士課程のスビトラーナ・ビエトレンコが,インターンとして2008年の夏に三菱電機(株)情報技術総合研究所に滞在して,ネットワークコーディングの実用性の評価を行ったことである.この際,ネットワークコーディングの日本語の教科書がなく,説明に不便だったので,ちょど出版されたばかりの本書を翻訳することにした.難解な部分はカリフォルニア工科大学(Caltech)に戻ったスビトラーナと相談し,ホー先生とも打合せをして翻訳を進めた.
最後に,本書の作成にあたってお世話になった多くの人々に心から感謝の意を表したい.まず,親切な助言をくれたCaltechトレイシー・ホー,MITミュリエル・メダール,UCLAマリオ・ジャーラ各教授に感謝する.またスビトラーナの日本での研究に際しご尽力いただいたCaltech・日本インターンシッププログラム関係者各位,三菱電機(株)の松山浩司,坂爪暁彦,宮田裕行,伊東健治各氏に感謝する.また,同じ研究グループで常に鋭い指摘をしてくれた同社寺島美昭,荒谷和徳,高橋岳宏,川島佑毅各氏に感謝する.また,前面後面から我々の研究をサポートしてくれた同社本島邦明,村田篤,城倉義彦,山田敬喜,三堀隆,千葉勇,真庭久和各氏に感謝する(これらの所属は当時のものである).さらに出版経験のない我々に親切してくれた東京電機大学出版局の菊地雅之氏に感謝する.また数学的記述について全面的な助言をくれた東京大学数理科学研究科河東泰之教授に感謝する.
訳者代表 河東晴子
目次
第1章 ネットワークコーディングとは?
1.1 ネットワークコーディングとは?
1.2 ネットワークコーディングは何のために行うか?
1.3 ネットワークモデル
1.4 本書の概要
1.5 注釈と参考文献
第2章 損失無しマルチキャストネットワークコーディング
2.1 基本ネットワークモデルとマルチキャストネットワークコーディング問題の定式化
2.2 遅延無しスカラ線形ネットワークコーディング
2.3 可解性とスループット
2.4 マルチキャストネットワークコード構成
2.5 パケットネットワーク
2.6 巡回路を含むネットワークと重畳ネットワークコーディング
2.7 相関のあるソース過程
2.8 注釈と参考文献
2.A 附録:ランダムネットワークコーディング
第3章 セッション間ネットワークコーディング
3.1 スカラおよびベクトル線形ネットワークコーディング
3.2 分割コーディング問題の定式化
3.3 線形ネットワークコーディングの不十分さ
3.4 情報理論的な手法
3.5 構成的な手法
3.6 注釈と参考文献
第4章 損失有りネットワークにおけるネットワークコーディング
4.1 ランダム線形ネットワークコーディング
4.2 コーディング定理
4.3 ポワソントラヒックにおける独立一様分布の損失の場合の誤り指数
4.4 注釈と参考文献
第5章 サブグラフ選択
5.1 フローに基づく方法
5.2 待ち行列長に基づく手法
5.3 注釈と参考文献
第6章 敵対的な誤りに対するセキュリティ
6.1 誤り訂正
6.2 敵対的誤りの検知
6.3 注釈と参考文献
6.A 付録:敵対的誤り検知の結果の証明
用語解説
参考文献
索引