里山の生態学 その成り立ちと保全のあり方
価格:4,180円 (消費税:380円)
ISBN978-4-8158-0421-3(4-8158-0421-4) C3045
奥付の初版発行年月:2002年03月 / 発売日:2002年03月下旬
今日急速に失われつつある里山は、縄文時代以来人間活動と密接に関わりながら、地域ごとに独自の発展を遂げてきた。その姿を具体的に捉えることは、学術的観点のみならず今後の里山維持のためにも必要不可欠である。本書は東海丘陵要素の起源に関する地史的考察や、原生林と異なる様相を持つ二次林植生の研究、トンボ・ギフチョウなど環境指標となり得る生物群の調査を通じ、多様な切り口から里山の全体像に迫り、その保全に向けた提言を行う。
無限に存在するかのように見なされていた自然は、人間の生産活動の増大によって急速に消失してきた。この自然の消失という危機的な事態を背景に、自然というものに大きな関心が向けられるようになった。しかしながら、最初に関心が向けられたのは、原生的な自然に対してであり、里山が注目されるようになったのは比較的最近のことである。
1960年代の経済の高度成長期以降、原生的な自然の破壊が進み、1970年代に入ると知床や白神山地における原生的自然を守る運動が発展した。それとともに自然保護運動に関する世論も大きく高まった。これらの運動の結果、1990年に林野庁は、比較的原生的な自然が残されている地域を生態系保護地域として指定するに至った。この時点では、里山はまだ世間の人々から注目されることはなかった。高度成長期以降の里山の開発も目にあまるものがあったが、比較的最近まで、里山は世間の人々から注目されることはなかったのである。このような開発に対して里山を守ろうとする自然保護運動を通じて、20世紀も押し詰まってから、ようやく身近な自然としての里山が見直されるようになった。埼玉県の狭山丘陵におけるトトロの森の保全運動は、宮崎駿の映画『となりのトトロ』の影響もあって、身近な自然の重要性に目を向ける一つの役割を果たしたと言えるであろう。
しかし、このような雑木林に関する認識の深まりは認められるものの、里山の二次的自然の保全に関しては、さまざまな制約があり、なかなか進展しなかったのが実情である。都市近郊の開発やゴルフ場の建設によって、見るみる消失してゆく雑木林や湿地を目のあたりにしても、その開発を止める手だてがなく、多くの人が歯がゆい思いをした。1996年には、名古屋高裁でゴルフ場建設差し止め請求の行政訴訟が結審し、原告適格の判決がなされたが、このことは、多くの自然保護運動の成果であるとともに、里山に対する世論の関心の高まりを示す象徴的な出来事であった。
……
[「はじめに」冒頭より]
広木 詔三(ヒロキ ショウゾウ)
1944年 茨城県に生まれる
1974年 東北大学理学研究科博士課程修了
現 在 名古屋大学大学院人間情報学研究科教授、理学博士
主な研究領域:火山植生の遷移、ブナ科植物の生態、湧水湿地の成因
目次
はじめに
序 章 生態学の発展と里山の生態学
序-1 生態学の歴史の概観
序-2 生態系の概念
序-3 里山の生態学
第1章 里山の成り立ちと人間の関わり
1-1 日本の森林帯と原植生
1-1-1 日本の森林帯
1-1-2 気候変動と森林の変遷
1-1-3 中部地方の原植生
1-2 人間活動と里山――歴史と成り立ち
1-2-1 里山とは
1-2-2 縄文時代における人間と森林
1-2-3 古墳時代における焼き物とアカマツの増加
1-2-4 大規模な森林伐採の概略
1-2-5 土壌侵食とアカマツ林化
1-2-6 森林伐採と災害
1-2-7 伐採による森林の変化のメカニズム
1-2-8 二次林の遷移
1-2-9 人間による森林伐採と森林の再生
1-3 人間によるスダジイの分布拡大
トピックス
樹木の繁殖戦略
第2章 東海地方の植生の特色
2-1 東海丘陵要素の起源と進化
2-1-1 東海丘陵要素と周伊勢湾地域の認識
2-1-2 周伊勢湾地域の形成過程
2-1-3 低湿地の成立過程と遷移
2-1-4 湿地の保全と生物学
2-2 東海地方の湿地の特色
2-2-1 湿地・湿原の区分と呼称
2-2-2 東海地方に見られる2つのタイプの湿地
2-2-3 葦毛湿原における地下水と植生の成り立ち
2-2-4 春日井市東部丘陵地帯における湧水湿地とその成因
2-2-5 湿地の水質
2-2-6 湧水湿地の遷移
2-3 東海地方の特色ある樹木
2-3-1 大根山湿原とハナノキの更新
2-3-2 シデコブシ
2-3-3 サクラバハンノキ
2-3-4 モンゴリナラ
2-3-5 ヒトツバタゴ
トピックス
食虫植物
泥炭地湿原
第3章 里山の生態系と生物群集
3-1 トンボ――里山の指標として
3-1-1 里山生態系が持つ多様性
3-1-2 里山に棲むトンボ
3-1-3 海上の森のトンボ
3-2 ギフチョウとスズカカンアオイ
3-2-1 ギフチョウの生活史と食草
3-2-2 海上の森とギフチョウ
3-2-3 ギフチョウの分布域とその縮小
3-3 雑木林の知られざる昆虫――どんぐりを食べる虫たち
3-3-1 雑木林に生息する昆虫類
3-3-2 アベマキとコナラの堅果の発育パターン
3-3-3 アベマキとコナラの種子食性昆虫相
3-3-4 堅果の成長にともなう種子食性昆虫相の変遷
3-3-5 餌資源をめぐる種子食性昆虫の種間競争
3-3-6 種子食性昆虫の摂食がアベマキとコナラの次世代生産に及ぼす影響
3-3-7 昆虫の生息地としての雑木林の保全の重要性
3-4 カケスとどんぐり
3-4-1 カケスの群れ行動
3-4-2 どんぐりの貯食
3-5 爬虫類と両生類
3-5-1 里山のカメ類
3-5-2 里山のヘビ類
3-5-3 里山のカエル類
3-6 植物の根系と菌根菌
3-6-1 根圏中の土壌微生物
3-6-2 菌根菌の種類
3-6-3 外生菌根のタイプ
3-6-4 季節・立地条件による外生菌根菌のダイナミズム
3-6-5 外生菌根菌のネットワーク
3-7 炭素の循環とリグニン
3-7-1 樹木の光合成産物
3-7-2 植物の進化とリグニン
3-7-3 里山における炭素循環
3-7-4 おわりに
トピックス
ハッチョウトンボ
菌類を利用する昆虫
サンコウチョウ
西表島に持ち込まれたオオヒキガエル
第4章 里山の保全に向けて
4-1 自然保護理念の発展
4-1-1 原生的自然の保護から二次的自然の保全へ
4-1-2 里山の保全と法律
4-2 二次的自然の重要性と保全運動
4-2-1 二次的自然を保全することの重要性
4-2-2 岐阜県山岡町におけるゴルフ場建設をめぐる訴訟
4-2-3 名古屋市緑区の勅使ヶ池緑地における開発の例
4-2-4 全国的な身近な自然の保全運動の例
4-3 愛知万博と海上の森
4-3-1 海上の森の里山としての特徴
4-3-2 万博計画と海上の森をめぐる開発と保全とのせめぎあい
4-3-3 愛知万博における会場計画の問題点
4-4 里山を守る市民運動――海上の森の国営公園構想
4-4-1 愛知万博と里山
4-4-2 国営公園構想
4-4-3 里山の発見
4-4-4 里山保全の課題
4-4-5 里山保全の現代的意義
4-5 里山の保全のあり方
4-5-1 雑木林の保全について
4-5-2 絶滅危惧種の保護と里山の保全との関係
4-5-3 群集の保全
トピックス
ナショナル・トラスト運動
環境アセスメント
オオタカ
海上の森のムササビ
タケとササの問題
終 章 里山生態系の保全のための提言
引用文献
事項索引
和名索引