専門知を再考する Rethinking Expertise
価格:4,950円 (消費税:450円)
ISBN978-4-8158-0986-7 C3030
奥付の初版発行年月:2020年04月 / 発売日:2020年04月下旬
<専門家vs素人>を超えて――。科学技術の浸透した世界で物事を決めるとき、専門家を無視することも、絶対的に信頼することもできない。では専門知とは何か。会話や「農民の知」から、査読や科学プロジェクト運営まで、専門知の多様なあり方を初めてトータルに位置づける。対話型専門知の可能性に光をあて、現代社会に展望をひらく名著。
科学が真理をもたらしうるのだとしても、その速さは、政治の進む速さには及ばない。論理と実験の活用によって科学はいつの日かすべての問題を解決できるようになるだろうという考え方は、二〇世紀の初めには力を失い始めた。量子力学、ゲーデルの証明、論理実証主義のような諸々の哲学の表舞台からの退場、そしてより最近のカオスの再発見が示してきたのは、まるで悪夢のように、完璧な科学という列車は、いつもあなたが駅に辿り着いた瞬間に発車してしまうといった状況であった。そして、それらはまさに科学に「内在する」問題なのである。
二〇世紀の中頃、トマス・クーンの有名な著作『科学革命の構造』によって、科学が秩序正しく順に発展するという考え方が群集心理による説明で置き換えられるように思った者もいた。続いて、科学の営み、とりわけ科学における論争が日々進展する様子について入念な記録をつけていく一連の研究が示したのは、科学の「規準モデル(canonical model)」が、科学の実践そのものとは合致していなかった、ということであった。二〇世紀後半には、主要技術のきわめて顕著な失敗の数々とそれらに結びついた惨事、生物学関連分野での科学的進歩に関する論争の明白な政治問題化、そして、原子力エネルギーが残す遺物や新たな農業実践によるリスクに関して科学者の理解不足が重ねて明らかになったことが原因となって、科学に対する公衆の不信が増大していくことになった。環境保護や動物の権利擁護に関連した政治運動が、科学技術への不信を助長していく一方で、社会科学から生じた緻密な科学論が、文芸批評から生じた「ポストモダニズム」として知られるとてつもなく大きな流れに沈められてしまった。……
[「序章」冒頭より]
H・コリンズ(ハリー コリンズ)
Harry Collins
英国ウェールズのカーディフ大学教授。30年以上にわたって重力波物理学の社会学的研究に取り組み続ける「科学的知識の社会学」の泰斗であり、1974年のデビュー論文以降、様々な領域の著者たちとの共同研究を重ねながら、科学的知識の真相を求めて膨大な数の論文と著書を世に問い続けている。日本でも、科学技術論の事例紹介がなされたトレヴァー・ピンチとの共著、いわゆる「ゴーレムシリーズ」をはじめ3冊が邦訳されている(福岡伸一訳『七つの科学事件ファイル――科学論争の顛末』化学同人、1997年、村上陽一郎・平川秀幸訳『迷路のなかのテクノロジー』化学同人、2001年、鈴木俊洋訳『我々みんなが科学の専門家なのか?』法政大学出版局、2017年)。
R・エヴァンズ(ロバート エヴァンズ)
Robert Evans
英国ウェールズのカーディフ大学教授。労働市場における社会的交換を論じた1996年のデビュー論文以降、持続可能なエネルギーの都市への導入に際する地理情報システム利用の問題、遺伝医学の政治性、英国政府への経済予測の専門的アドバイスの問題、ヨーロッパ通貨の一元化をめぐる英国内での論争など、多岐にわたるトピックについて科学技術社会論の領域で研究を続けている。
奥田 太郎(オクダ タロウ)
1973年生まれ。南山大学社会倫理研究所所長/人文学部教授、博士(文学)
著書『倫理学という構え――応用倫理学原論』(ナカニシヤ出版、2012年)他
和田 慈(ワダ メグム)
1981年生まれ。武蔵野大学等非常勤講師、修士(文学)
論文「「第三の波」をめぐる文献解題」(『思想』1046号、2011年)他
清水 右郷(シミズ ウキョウ)
1989年生まれ。国立循環器病研究センター医学倫理研究部流動研究員、修士(情報科学)
論文「認識的規範と倫理的規範の対立をどのように調停するか」(『日本リスク研究学会誌』29巻2号、2019年)他
目次
謝 辞
凡 例
序 章 なぜ専門知か
「民衆の知恵」説
正統性の問題と拡大の問題
科学主義
本書の構成
第1章 専門知の周期表(1)
――遍在専門知と特定分野の専門知
周期表の導入
遍在専門知
遍在暗黙知だけを伴う専門知
科学の通俗的理解
特定分野の暗黙知を伴う専門知
貢献型専門知
対話型専門知
特定分野の専門知間の関係性
対話型専門知、および、対話能力と熟慮能力
専門知の獲得――5種類の対面知識伝達
第2章 専門知の周期表(2)
――メタ専門知とメタ基準
外在的判断――遍在的識別力
外在的判断――局所的識別力
専門知についての内在的判断とそれらの諸問題
ホラ吹き、ペテン師、信用詐欺
専門的目利き
下向きの識別力――ピアレビューとその変種
投射型専門知
メタ基準――諸々の専門知を判断するための基準
専門知の周期表をもう一度まとめる
分類にまつわる諸問題
第3章 対話型専門知と身体性
社会的身体性論と最小限身体性論
マドレーヌ
言語習得前聾者
対話型専門知と実践的成果
身体とレナートについての覚え書き
第4章 言行一致
――色盲、絶対音感、重力波についての実験
手続きと結果――概念実証実験
結果
色盲と絶対音感についての結論
対話型専門知と科学
全体の結論
結び――校閲テスト
第5章 新しい境界設定基準
科学を科学でないものから区別する
科学と政治の境界を定める
科学と疑似科学の境界を定める
終 章 科学、市民、そして社会科学の役割
補 論 科学論の幾つかの波
第三の波と第二の波の違い
第三の波と第一の波の違い
監訳者あとがき
注
参考文献
索 引