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ジャポニスム、コラン、日本近代洋画移り棲む美術

移り棲む美術 ジャポニスム、コラン、日本近代洋画

A5判 574ページ 上製
価格:6,380円 (消費税:580円)
ISBN978-4-8158-1016-0 C3071
奥付の初版発行年月:2021年02月 / 発売日:2021年03月上旬

内容紹介

グローバルな〈美〉の往還――。日本から西洋へ、そして西洋から日本へと海を越えた芸術の種子。どのように移動・変容・開花したのか。「アカデミスム対前衛」の構図に囚われることなく、ジャポニスムの多面的展開から近代洋画の創出まで、フランスを中心に一望し、選択的な交雑による新たな芸術史を描きだす。

前書きなど


先生は花ものを非常に好かれて、始めの別荘は庭があつても、これに栽培するほどの広さではなかつたので、其外に千坪ばかりの地面を借りて、そこでは専ら花ものを栽培された。温室は可成のものが二つあつて、主に蘭科植物を栽培されて居た。日本の、例へば牡丹とか百合とかも取寄せられた事もあつた。先生の庭で最も綺麗であつた花で、記憶に残つて居るのは石楠花であつた。種類も多くあつて非常に美しい花を見ることがあつた。一九〇〇年即ち明治三十三年に行つた時などは、この庭の一隅に小高い丘があり、その上に亭のやうのものがあつて、そこで先生の母堂――その頃未だ存命であつて八十歳位であつたらう――などゝ写真を写したこともあつた。そして賑やかな楽しい食事の饗応を受けた。

明治を代表する洋画家黒田清輝が恩師ラファエル・コラン死亡の知らせを受けて、一九一六(大正五)年十二月に美術雑誌に寄せた回想の一節である。コランには園芸趣味があって、パリ郊外の別荘に温室を持ち、観賞用の美麗な花々を栽培していた。特に蘭を好んだが、日本からも牡丹や百合を取り寄せていたのだという。実は、画家コランの日本愛好は園芸に留まらず、日本の美術工芸品の蒐集というもうひとつの顔を持ち、こちらは自らの芸術とも直結する嗜好であった。コランのジャポニスム(日本趣味)において園芸と美術が重なっているのは面白い。……

[「序章」冒頭より/注は省略]

著者プロフィール

三浦 篤(ミウラ アツシ)

1957年、島根県に生まれる。1981年、東京大学教養学部卒業。1990年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。1997年、パリ第4大学にて博士号取得。2015年、フランス共和国芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。著書、『まなざしのレッスン1 西洋伝統絵画』(東京大学出版会、2001年)、『近代芸術家の表象』(東京大学出版会、2006年、サントリー学芸賞)、『名画に隠された「二重の謎」』(小学館、2012年)、『まなざしのレッスン2 西洋近現代絵画』(東京大学出版会、2015年)、『エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命』(KADOKAWA、2018年)、Histoires de peinture entre France et Japon(The University of Tokyo, UTCP, 2009)他

上記内容は本書刊行時のものです。

目次

序 章 移り棲む美術

第I部 ジャポニスムの群生
第1章 十九世紀後半のフランスにおける日本趣味
1 幕末の日仏関係
2 美術工芸品の移動
3 一八六七年のパリ万国博覧会をめぐって
4 一八七〇年代以降のジャポニスムの広がりと深化
5 エルネスト・シェノー「パリの日本」とジャポニスム

第2章 サロン絵画における主題としての日本
――異国趣味と女性像
1 サロンにおける日本主題の流行
2 ジャポニスム絵画の主要作例
3 美術史から文化史への射程

第3章 フィルマン=ジラールとジャポニスム
1 画家としての経歴
2 《日傘をさす日本の女》と《小川の辺の日本の女たち》
3 《日本の化粧》――発見された品物と発想源
4 一八七三年のサロンにおける批評
5 フィルマン=ジラールのジャポニスム、あるいは風俗主題の変奏

第4章 変容する〈アジア〉
――大陸寓意像と「日本娘」
1 寓意図像としての「アジア」
2 中国、そして日本へ
3 「ムスメ」の席巻

第5章 「マネ・印象派のジャポニスム」再考
――浮世絵版画との関係を中心に
1 影響・受容論から選択・摂取論へ
2 初期のジャポニザン
3 マネとジャポニスム
4 マネの海景画と広重の《六十余州名所図絵》
5 印象派とジャポニスム
6 ドガと浮世絵版画
7 モネと日本趣味

第6章 絵の中の文字
――近代フランス絵画の場合
1 画中に表わされた文字
2 造形的要素としての署名
3 ジャポニスム――イメージと文字の融合
4 ファン・ゴッホと広重――絵と文字を写すこと
5 作品タイトルなどその他の文字

第7章 フランスにおける陶磁器のジャポニスム 
1 装飾美術とジャポニスム
2 ブラックモンと陶芸
3 装飾的陶磁器から簡素な茶陶へ
4 陶磁器と絵画・彫刻

第II部 蘇るラファエル・コラン
第8章 ラファエル・コラン
――「ダフニスとクロエ」の画家
1 自己形成
2 裸婦と外光
3 壁画と肖像画
4 人物画から象徴主義へ
5 絵皿と挿絵
6 晩年のコラン

第9章 コランと日本
─―共鳴のジャポニスムから日本近代洋画の父へ
1 極東美術コレクション
2 共鳴のジャポニスム
3 日本近代洋画の父

第III部 日本近代洋画の開花
第10章 西洋留学と明治洋画
1 明治期に留学した洋画家たち
2 留学期の西洋絵画受容
3 ジャポニスムと洋画家たち

第11章 山本芳翠の裸婦像
――《天女》と《裸婦》について
1 《天女》――模写から翻案へ
2 《裸婦》――ヌードの変質について
3 近代洋画における裸婦の系譜

第12章 山本芳翠の肖像画
――《鮫島尚信像》の数奇な運命
1 鮫島尚信と山本芳翠
2 作品制作とその行方
3 肖像画としての特質

第13章 明治洋画とレアリスムの系譜
――五姓田義松のフランス留学
1 フランス留学以前の五姓田義松
2 義松とレオン・ボナ
3 滞仏期の作品について
4 帰国後の義松

第14章 黒田清輝と西洋美術教育
1 留学時代の黒田清輝と美術教育
2 帰国後の黒田清輝と美術教育

第15章 黒田清輝とフランス絵画
1 コランとアカデミスム
2 ミレーと田園生活
3 バスティアン=ルパージュと自然主義
4 ピュヴィス・ド・シャヴァンヌと壁画様式
5 印象派
6 先駆者としての黒田清輝

第16章 ラファエル・コランと日本人画家たち
1 帰国後の黒田清輝とコラン
2 黒田の弟子たちとコラン
3 往還の軌跡――媒介者としてのコランとピュヴィス

終 章 芸術の移動と変容

あとがき
初出一覧

図表一覧
索引


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