近代日本の科学論 明治維新から敗戦まで
価格:6,930円 (消費税:630円)
ISBN978-4-8158-1019-1 C3010
奥付の初版発行年月:2021年02月 / 発売日:2021年03月上旬
科学の営みや社会との関係をめぐる言説は、維新から対米戦までの歴史の流れに呼応し、劇的に変転した。本書は、文明開化、教養主義の時代を経て、科学を標榜し革命を起こしたマルクス主義の衝撃と、それを契機に誕生した日本主義的科学論をふくむ多様な議論の展開を、初めて一望する。
科学論とは、科学の知識としての特質や社会との関わりを論じたもの全般を指す語である。このように記すと、では科学とは何か、科学とは知識なのかといった疑問がただちに浮かび上がる。これらについて検討すること自体が科学論の主要な役割であり、そのうち科学の語義を最も広くとる議論に従えば、第1章で述べる通り、この語は、自然を対象とするもののみならず、社会や歴史にも関わる学問の全体を指すこととなる。また一方では、一九三〇年代の日本に「科学技術」という語が現れたことから分かる通り、科学の語は、しばしば、技術と密接な関わりを持つ、しかしそれと同一ではない知識や知的営為を意味するものとしても使われる。その場合には、経済学や歴史学は科学の範疇には含められないであろう。このように、人々はこの語の意味を様々に思い描きながら科学について論じてきたのであり、本書でもその広がりを尊重する。つまり、当人たちが、何を念頭においてであれ科学について論じていると主張する限りは、まずはそれを科学論であると看做すこととしたい。
科学がたとえば学問全般を指すとすると、科学論は、その名称で呼ばれていなかったにせよ、内実からいえば学問の誕生時からすでに存在していたといってもよいが、本書ではそのうち、おおよそ一八六八年から一九四五年に至るまでの、日本の科学論の展開を記述することを目的としている。一八六八年を起点としたのは、この年以降……
[「序章」冒頭より]
岡本 拓司(オカモト タクジ)
1967年、愛知県蒲郡市生まれ。1989年、東京大学理学部物理学科卒業。1994年、東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論専攻単位取得退学。新潟大学人文学部助手などを経て、現在、東京大学大学院総合文化研究科教授、東京大学博士(学術)。著書、『20世紀物理学史――理論・実験・社会』(監訳、名古屋大学出版会、2015年)、『科学と社会――戦前期日本における国家・学問・戦争の諸相』(サイエンス社、2014年)、『昭和前期の科学思想史』(共著、勁草書房、2011年)、『帝国日本の科学思想史』(共著、勁草書房、2018年)他
上記内容は本書刊行時のものです。
目次
序 章
一 本書が扱う対象と時期
二 科学史・科学論との関連
三 これまでの科学論史
四 本書の構成
五 明治維新の前に築かれていたもの――自然と道徳
第I部 科学と出会った明治の日本――科学論の黎明
第1章 「科学」の語が意味したもの
一 日本における科学の語の誕生とその意味の変遷
二 精神科学・自然科学
三 科学的社会主義
第2章 天皇の国の科学と科学論
――明治期の諸相
一 国体と科学、宗教と科学
二 三人の物理学者
三 木村駿吉の『科学之原理』と『物理学現今之進歩』
第II部 学問的科学論の試み――教養主義と理想主義の科学論
第3章 桑木彧雄の科学史と科学論
――変革との対峙
一 桑木は何を紹介したか
二 「絶対運動論」から科学論へ
三 説明か記載か
第4章 田辺元の哲学と科学論
――方法と実在
一 『最近の自然科学』
二 『科学概論』
三 方法の検討と実在
第5章 石原純の物理学と科学論
――自然科学と世界形像
一 相対論の解説から科学論へ
二 科学と美と人生
三 包括的な自然科学論の完成
第III部 諸潮流の形成と展開――マルクス主義の衝撃
第6章 マルクス主義科学論の勃興
――科学の階級性と自然弁証法を中心に
一 初期の模索
二 岡邦雄の辿った道
三 唯物論研究会――自然弁証法、科学の階級性
第7章 篠原雄と綜合科学
一 北川三郎の「幻想」
二 綜合科学協会の設立
三 篠原雄の来歴
四 綜合科学の確立に向けて
五 綜合科学の変容
六 篠原の「科学的精神」論批判
七 実践への衝動
第8章 武谷三男の三段階論
一 自然弁証法との出会い
二 量子力学との格闘から科学論の構築へ
三 中間子論と武谷の科学論
四 三段階論の彫琢
五 戦争末期の武谷
第IV部 日本科学論の誕生――科学との対峙から「科学する心」へ
第9章 思想統制と科学論
――一九三〇年代前半の国民精神文化研究所を中心に
一 国民精神文化研究所の誕生
二 開所当初の国民精神文化研究所と科学論
三 科学論の深化の試みとその周辺
四 作田荘一の「科学」
五 科学への関心の高まり
六 「日本文化」と科学論
七 文部省の特別講義に見る科学論
第10章 教学刷新と科学論
一 自然科学への警戒
二 教学刷新評議会
三 教学刷新評議会に現れた科学観とその背景
四 教学刷新と「科学的精神」
第11章 日本文化としての科学
一 教学刷新と歩む科学論
二 第一高等学校の橋田邦彦
三 教育審議会の議論に見る科学観
四 教学局の活動と科学論
第12章 科学する心
――文相橋田邦彦とその周辺
一 橋田邦彦の文部大臣就任
二 文部大臣の講義と映画
三 教育政策の中の科学論
四 科学論の制度化
五 日本科学史と科学的精神
六 『明治前日本科学史』刊行の企画と日本科学史学会の誕生
第V部 戦う帝国の科学論――科学精神と日本精神の昂揚と焦燥
第13章 綜合科学を枢軸とする積極的世界建設
――戦時下の篠原雄
一 工政会における篠原雄
二 工政会との決別
三 戦う帝国の積極的世界建設
第14章 日本科学論の展開
一 科学文化協会
二 国民精神文化研究所とその周辺
三 特異な科学論
第15章 革新官僚の科学論
――精神と生活の科学化
一 「科学的精神」と「科学精神」
二 基本国策要綱の諸草案における科学の扱い
三 「科学する心」と「科学精神」
四 宮本武之輔における、「科学」、「精神」、「日本科学」
五 科学技術新体制確立要綱の成立
六 日本的性格と日本的把握
七 生活の科学化
第16章 戦時下の科学
――純粋科学と応用研究、日本精神と科学精神
一 小倉金之助の変容
二 科学者の焦燥
三 大東亜共栄圏の純粋科学
四 日本精神と科学精神
五 科学戦の帰趨
終 章
注
あとがき
参考文献
事項索引
人名索引