統計力学の形成
価格:6,930円 (消費税:630円)
ISBN978-4-8158-1036-8 C3040
奥付の初版発行年月:2021年09月 / 発売日:2021年09月下旬
アナロジーから基礎づけへ――。時間的に可逆であるミクロな多数の要素と、不可逆なマクロとを関係づける、統計力学。マクスウェルやボルツマンによる気体運動論との差異を踏まえつつ、その歴史と意義を丹念に追跡。アンサンブル概念はいかに誕生・発展し、フォン・ノイマンによる量子統計に到ったか?
統計力学は、気体や固体などのマクロな物質の現象を、多数の原子や電子といったミクロな構成要素がなす集団の統計的性質として導く物理学の一分野である。ここでは二つの領域の関係に注意が向けられる。それは、人間の感覚にかかるほど大きなマクロ(巨視的)なレベルの領域と、人間の感覚にはかからないほど微小なミクロ(微視的)なレベルの領域の関係である。マクロの領域にある気体や固体の性質を、ミクロの領域にある原子や電子の性質として理解しようとするとき、原子や電子は大量に存在するために、それらの運動や相互作用の様子を個別に追跡することはできない。その一方で、原子や電子はまさに大量に存在するがゆえに、それらの集団的な性質を統計的に考えることが可能になる。このような統計力学の知見は、「物質は原子からできている」というわれわれの素朴な原子論的物質観に、物理学からの保証を与える。
ミクロとマクロという二つの領域では、それぞれ異なる物理が基本的であり、統計力学はそれらを関係づけるものでもある。マクロの領域を支配するのは熱力学である。熱力学は熱現象に関する考察から19世紀半ばに成立した分野であり、物質系のエネルギーのやり取りの様子を現象論的に記述する。熱力学で特徴的なのは、周囲から孤立した系では、物理的な過程が不可逆であることを認める点である。たとえば、外気温が摂氏30度で室温が摂氏20度のとき、何もしなければ外気温も室温もやがて摂氏30度になるが、外気温も室温もともに摂氏30度のとき、室温がひとりでに摂氏20度に下がることはない(室温を下げるためには外部から……
[「序章」冒頭より/注は省略]
稲葉 肇(イナバ ハジメ)
1985年、愛知県に生まれる。2007年、京都大学文学部卒業。2012年、京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2015年、京都大学博士(文学)。2018年、明治大学政治経済学部専任講師(現在に至る)。訳書、ヘリガ・カーオ『20世紀物理学史――理論・実験・社会』(共訳、名古屋大学出版会、2015)
上記内容は本書刊行時のものです。
目次
序章
0-1 統計力学の歴史とギブス
0-2 統計力学の歴史の問題系
0-2-1 科学史および物理学史一般に関して
0-2-2 統計力学の学説史に関して
0-2-3 ギブスの『諸原理』に関して
0-3 本書の概要
第1章 気体運動論の困難からアンサンブルへ
1-1 マクスウェルの気体運動論
1-1-1 「気体の動力学的理論の例示」前史
1-1-2 「例示」の速度分布則と粘性係数
1-1-3 粘性係数と逆5乗則――「気体の動力学的理論について」
1-2 アンサンブル概念の萌芽
1-2-1 ボルツマンの気体運動論概説
1-2-2 多原子分子気体の運動論的考察
1-2-3 多原子分子気体のアンサンブル的考察
1-3 マクスウェルの「統計的方法」とアンサンブル
1-3-1 マクスウェルの「統計的方法」
1-3-2 マクスウェルのアンサンブル理論
1-3-3 ボルツマンによる検討
第2章 「力学的アナロジー」とアンサンブル
2-1 循環座標
2-1-1 循環座標の導入
2-1-2 J・J・トムソンの循環座標――「速度座標」
2-1-3 J・J・トムソンによる熱力学の力学への還元
2-2 ヘルムホルツの「単循環系」
2-2-1 力学還元主義の仮説化
2-2-2 「単循環系」の理論
2-2-3 「力学的アナロジー」とは何か
2-3 ボルツマンの「総体」の理論
2-3-1 若きボルツマンの周期系の力学
2-3-2 「総体」――ボルツマンのアンサンブル概念
2-3-3 「総体」の洗練とその後
2-3-4 ボルツマンの像の理論
第3章 ギブス『統計力学の基礎的諸原理』
3-1 ギブスの経歴と初期の熱力学研究
3-1-1 ギブスの経歴
3-1-2 ギブスの熱力学研究――「不均質な物質の平衡について」
3-2 『諸原理』への道
3-2-1 気体運動論および統計力学に関するギブスの発言
3-2-2 イェール大学での講義
3-3 『諸原理』のアンサンブル理論と「熱力学的アナロジー」
3-3-1 『諸原理』における統計力学の特徴づけ
3-3-2 ギブスのアンサンブル概念
3-3-3 基礎づけに関する見解
3-3-4 「熱力学的アナロジー」:関係式のあいだの対応関係
3-3-5 「熱力学的アナロジー」:操作のあいだの対応関係
第4章 『諸原理』への応答
4-1 英国からの反応
4-1-1 バーバリーからの書簡
4-1-2 バムステッドの擁護
4-2 ドイツ語圏からの反応
4-2-1 ボルツマンからの評価
4-2-2 プランクの批判
4-2-3 ツェルメロの批判
4-2-4 エーレンフェスト夫妻の批判
4-3 オランダ人たちによる擁護と拡充
4-3-1 ローレンツによる一般性の強調と統計的基礎
4-3-2 オルンシュタインによる具体的な問題への適用
4-3-3 デバイの金属電子論
第5章 古典統計力学の諸相
5-1 『諸原理』以外のアンサンブル理論
5-1-1 ボルツマンの『気体論講義』
5-1-2 アインシュタインの統計的三部作
5-2 統計力学の基礎的概念の洗練――パウル・ヘルツとオルンシュタイン
5-2-1 ヘルツの「時間アンサンブル」
5-2-2 オルンシュタインの「時間アンサンブル」と「等価な系」
5-2-3 ミクロとマクロ
5-3 エーレンフェスト夫妻の「概念的基礎」
5-3-1 エルゴード性とH定理の理解
5-3-2 ギブスの統計力学の位置づけ
第6章 状態和と分配関数
6-1 状態和前史
6-1-1 プランクによる黒体輻射の法則の導出――『熱輻射論講義』初版
6-1-2 ポワンカレのΦ関数とプランクの状態積分
6-1-3 熱力学的特性関数の重要性
6-2 デバイとプランクの状態和
6-2-1 デバイの状態和
6-2-2 プランクの量子理想気体研究
6-2-3 プランク『熱輻射論講義』第2版と第4版
6-3 ダーウィンとファウラーの分配関数
6-3-1 分配関数の導入過程
6-3-2 統計力学と熱力学の関係
6-3-3 分配関数と状態和
第7章 量子統計の時代におけるアンサンブル
7-1 フォン・ノイマンの量子統計力学――測定とアンサンブル
7-1-1 『数学的基礎』に到るまで
7-1-2 『数学的基礎』におけるアンサンブル
7-2 フォン・ノイマンのエルゴード定理
7-2-1 量子エルゴード定理におけるミクロとマクロ
7-2-2 平均エルゴード定理
7-3 トルマンの統計力学
7-3-1 物理化学から統計力学へ
7-3-2 ギブスの統計力学の継承
7-3-3 統計力学の任務とアプリオリ等確率の仮説
7-3-4 エルゴード仮説批判
終 章
参考文献
あとがき
索引