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それは西洋の古典かホメロスの逆襲

ホメロスの逆襲 それは西洋の古典か

A5判 634ページ 上製
価格:9,900円 (消費税:900円)
ISBN978-4-8158-1050-4 C3098
奥付の初版発行年月:2021年12月 / 発売日:2021年12月下旬

内容紹介

「西/東」を超えて――。最古・最大の「西洋古典」とされるホメロス。だが、創造と受容のいずれも西洋の枠組みには収まっていなかった。実際に西方に伝わったものとその行方を明確にする一方、オリエントの神話・宗教からビザンツの年代記やオスマンの歴史書まで探査し、巨大な実像を初めて捉えた画期的労作。

前書きなど

現在ホメロスという詩人の作品として伝わるのは『イリアス』と『オデュッセイア』であり、作者自身については、古代ギリシア暗黒時代末期のおよそ前八世紀頃に生きて、このギリシア語の両叙事詩を創ったこと以外、確実なことはほとんどわからない。エーゲ海の「キオス島出身」とか「盲目の吟遊詩人」とか言われているが、そうした履歴や個人的特徴、あるいは口演様態の伝承にもとづく作者像は同時代の証言によって確かめられず、後世の推測や想像の域を出ない。

ところがこの両長篇詩は、誰が見ても明らかに巨大で卓越した言語的構築物として屹立し、古代ギリシア語圏はもとよりラテン語圏においても古典文化の源泉・源流としてきわめて高く評価され、古典古代を通して文学・哲学・歴史に絶大な影響を与えた。作者自身は謎めいてつかみどころのない存在だが、彼が残した両物語詩はどの古典作品よりも広範かつ熱心に鑑賞され、また深い敬意をこめて受け継がれた。

こうしてホメロスの詩は古代地中海世界の言語文化の大きな推進力となったが、しかし、作者の歴史的基盤の不確定性と、後世の東西文明の対立や相克を超える規模の精神的・文化的包容力のために、彼は後代の西洋世界の文化的規範にはむしろ適合しにくい作家と見なされた。とくにローマ文明の伝統が浸透した西欧では、文学と文化の模範はラテン文芸最大の詩人で建国叙事詩『アエネイス』の作者ウェルギリウスに求められる傾向が強く、このローマ作家が最高の手本として仰いだホメロス自身は、実質的にはしだいに重んじられなくなり、やがて中世にはいわば「溶暗」のうちに人々の視野から姿を消すこととなる。

……

[「まえがき」冒頭より]

著者プロフィール

小川 正廣(オガワ マサヒロ)

1951年、京都市に生まれる。1979年、京都大学大学院文学研究科博士後期課程退学。名古屋大学大学院文学研究科教授などを経て、現在、名古屋大学名誉教授、博士(文学)。著書、『ウェルギリウス研究――ローマ詩人の創造』(京都大学学術出版会、1994年)、『ウェルギリウス『アエネーイス』――神話が語るヨーロッパ世界の原点』(岩波書店、2009年)、訳書、ウェルギリウス『牧歌/農耕詩』(京都大学学術出版会、2004年)、サルスティウス『カティリナ戦記/ユグルタ戦記』(京都大学学術出版会、2021年)、セネカ『悲劇集1』(共訳、京都大学学術出版会、1997年)、『キケロー選集2,3』(共訳、岩波書店、2000年、1999年)、プラウトゥス『ローマ喜劇集1,2』(共訳、京都大学学術出版会、2000年、2001年)、『セネカ哲学全集2』(共訳、岩波書店、2006年)

上記内容は本書刊行時のものです。

目次

まえがき
凡例

序 章 ホメロスは西洋の古典か
――古代から現代までの受容をめぐって
はじめに
1 古代・中世のギリシア世界とホメロス
2 古代・中世の西欧世界とホメロス
3 近・現代の西欧世界とホメロス
むすび

第I部 ホメロス詩の知られざる源泉――オリエントと民話

第1章 オリエント神話とホメロス
――洪水伝承をめぐって
はじめに
1 『ギルガメシュ叙事詩』と洪水伝承
2 ホメロスの叙事詩と洪水伝承
3 ウェルギリウスの叙事詩と洪水伝承
 
第2章 オリエント宗教とホメロス
――運命の秤をめぐって
はじめに──『イリアス』における二つの運命の計量
1 秤の場面の謎
2 古代オリエント宗教、ユダヤ教、イスラム教における運命の秤
むすび──ホメロスにもどって

第3章 民話から叙事詩へ
――英雄の選択をめぐって
はじめに
1 英雄の選択
2 メレアグロスの物語
3 ポイニクスの自伝的物語
4 アキレウスの選択
むすび

第II部 ホメロス詩のヴィジョン

第4章 ホメロスの時代と叙事詩のヴィジョン
――『イリアス』をめぐって
はじめに──ホメロスと歴史
1 ホメロスの時代と叙事詩
2 『イリアス』の社会的ヴィジョン
むすび

第5章 帰国物語の社会的ヴィジョン
――『オデュッセイア』をめぐって
はじめに──ポリスとオイコス
1 オイコスの危機
2 求婚者たちの目的
3 求婚の第一段階──テレマコスの成人以前
4 求婚の第二段階──テレマコス暗殺の計画
5 バシレウスの地位
6 求婚の第三段階──弓競技の意味
7 求婚者殺戮──三段階の英雄再認
むすび──オイコスとポリスの関係

第6章 『オデュッセイア』における戦争と平和
――叙事詩の結末部をめぐって
はじめに──『オデュッセイア』は平和への転換を語る作品か?
1 デモドコスの歌における戦争と平和
2 『イリアス』における平和と戦争
3 『オデュッセイア』における求婚者との争い
4 結末における不完全な仲裁(第二十四歌)
5 戦争の抑止と戦闘的英雄への回帰

第III部 ホメロス詩のテクスト形成

第7章 ホメロスと文字使用
はじめに
1 口誦詩としてのホメロスの詩と文字使用
2 文献としてのホメロス詩の起源
むすび

第8章 ホメロスと口誦伝統
はじめに
1 口誦詩とは何か
2 口頭詩作と文字使用
3 ホメロス詩の文字化とその影響

第9章 ホメロス詩のカノン選定
はじめに──西洋古典とカノン
1 ギリシア古典のカノンの成立――ヘレニズム時代における認定
2 悲劇詩人のカノン
3 叙事詩人のカノン
4 叙事詩人のカノン形成──問題点
5 前六世紀のアテナイとホメロス詩の選定
6 伝記から見たホメロス詩の選定
むすび――ホメロスとヘシオドスの歌競べの意味

第IV部 ホメロスの変容と溶暗

第10章 ホメロスからウェルギリウスへ
――自由の転換
はじめに
1 神話におけるギリシア人の自由
2 ローマ人の自由

第11章 『イリアス』と『アエネイス』における英雄と死
――運命をめぐって
はじめに
1 『イリアス』における英雄と死の恐怖
2 『アエネイス』における英雄の死
3 『イリアス』における死の恐怖の意味
4 『アエネイス』における死の恐怖と運命

第12章 『アエネイス』の結末と戦争の罪責
はじめに──『平家物語』における勝者の「ゆるし」への渇望
1 『アエネイス』における英雄の罪責意識──ディードの死をめぐって
2 戦争における罪責意識──イタリアでの戦い
3 叙事詩の結末における罪責とゆるし

第13章 ダンテにおけるウェルギリウス
――中世におけるホメロスの溶暗
はじめに──ホメロス、ウェルギリウス、ダンテ
1 『神曲』におけるダンテとウェルギリウス
2 『神曲』におけるウェルギリウスの限界
3 リンボのウェルギリウスと『神曲』の意図

第14章 ビザンツ文化におけるホメロスとトロイア戦争
――スラヴとオスマンにいたるその影響
はじめに
1 古代末期と西欧中世における疑似トロイア戦記文学
2 ビザンツの世界史年代記におけるトロイア戦争
3 スラヴ世界とオスマン帝国での伝承変容
むすび

終 章 ホメロスの逆襲
はじめに──本章までの要旨
1 ホメロスの復権
2 アキレウスの盾

あとがき

参考文献
略号表
図版一覧
索引


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