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人と自然が育んだムギ農耕麦の自然史

麦の自然史 人と自然が育んだムギ農耕

A5判 416ページ 並製
価格:3,300円 (消費税:300円)
ISBN978-4-8329-8190-4 C3045
奥付の初版発行年月:2010年03月 / 発売日:2010年04月下旬
発行:北海道大学出版会  
発売:北海道大学出版会
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内容紹介

本書は,人類にとって最重要作物の一つである麦についての,栽培植物学,植物遺伝学,考古学など幅広い分野から纏めた学術教養書である。本書は5部15章から構成されている。 
 第Ⅰ部では本書を読み進めるにあたっての基礎知識を概説する。第1章では,日欧二つの地域での違いを紹介し,「ムギ」とは何かを明らかにする。第2章では,古文書の調査から明らかになったムギの歴史を紹介する。
 第Ⅱ部では麦作農耕の起源について解説する。第3章では,栽培コムギや野生コムギの間での交雑と染色体数の倍加により倍数性進化をとげたコムギの祖先種や起源地について紹介する。第4章では,どんな環境で農耕が始められたのか? どのように発展したのか? 農耕によってムギや環境はどう変わったのか? について解説する。第5章では,遺跡から出土した石器の分析を通して西アジアの初期農耕について紹介する。
 第Ⅲ部では,その伝播の歴史をシルクロードを舞台に雄大に解説する。第6章では,シルクロード周辺地域(トルコ~中国)のコムギを用いた分子遺伝研究から明らかになったコムギの伝播経路を,現地でのフィールド調査も含めて紹介する。第7章では,中国新疆で発見された小河墓遺跡出土種子のDNA分析によりシルクロードを伝播したコムギの具体像を再現した成果を紹介する。第8章では,各種の遺伝研究や最近のDNA解析の結果も踏まえて,オオムギの進化と伝播について紹介する。第9章では,コムギ畑の随伴雑草であるライムギがコムギ栽培の拡大とともに中央アジア各地に広がり,寒い地域においてコムギに代わる作物として進化したことを紹介する。第10章では,日本人には馴染みの薄いエンバクの紹介から始まり,その起源と進化を紹介する。第11章では,ムギに擬態するドクムギの,栽培ムギおよびそれを栽培する人間との関わりを紹介し,世界各地で採集したドクムギの遺伝的解析からその起源や伝播経路を推定する。
 第Ⅳ部で文化としての麦の利用を紹介する。第12章では,世界各地でのパンづくりを支
えている酵母から,人とコムギ,環境との関わりを紹介する。第13章では,ヨーロッパスペルタコムギなどの皮性コムギが未だに栽培されている地域における,民族・文化との深い関わりと作物および品種多様性との関係を紹介する。
 第Ⅴ部では多様性の危機を訴える。第14章では,栽培植物とその近縁植物の関係,遺伝資源としての重要性,そしてその保全について紹介する。コムギとその近縁種について,どのような種があるかや,収集と保存の歴史についても述べる。第15章では,自生地における野生種の多様性,遺伝子交流の事例を,日本の野生ムギ類も交えて紹介し,生息地そのものを遺伝資源としてとらえ保存する自生地保存の重要性を訴える。

著者プロフィール

佐藤 洋一郎(サトウ ヨウイチロウ)

1952年生まれ
京都大学大学院農学研究科修士課程修了
総合地球環境学研究所副所長・教授 農学博士
序章執筆
主 著 塩の文明誌(共著,NHKブックス,2009),イネの歴史(学術選書,2008),よみがえる緑のシルクロード(岩波ジュニア新書,2006),稲の日本史(角川選書,2002)など

加藤 鎌司(カトウ ケンジ)

1958年生まれ
京都大学大学院農学研究科修士課程修了
岡山大学大学院自然科学研究科(農学系)教授 農学博士
第6章・コラム③「日本での麺類の起源と歴史」執筆

有村  誠(アリムラ マコト)

東京文化財研究所文化遺産国際協力センター特別研究員(第5章執筆)

大田 正次(オオタ ショウジ)

福井県立大学生物資源学部教授(第13章執筆)

河原 太八(カワハラ タイハチ)

京都大学大学院農学研究科准教授(第1章・第14章・コラム②「農耕/ヒト/コトバ」執筆)

笹沼 恒男(ササヌマ ツネオ)

山形大学農学部准教授(第15章執筆)

武田 和義(タケダ カズヨシ)

岡山大学名誉教授(第8章執筆)

丹野 研一(タンノ ケンイチ)

山口大学農学部助教(第4章執筆)

辻本  壽(ツジモト ヒサシ)

鳥取大学農学部教授(第9章・コラム①「ゲノム分析」執筆)

富永  達(トミナガ トオル)

京都大学大学院農学研究科教授(第11章執筆)

長野 宏子(ナガノ ヒロコ)

岐阜大学教育学部教授(第12章執筆)

西田 英隆(ニシダ ヒデタカ)

岡山大学大学院自然科学研究科助教(第7章執筆)

森  直樹(モリ ナオキ)

神戸大学大学院農学研究科准教授(第3章執筆)

森川 利信(モリカワ トシノブ)

大阪府立大学大学院生命環境科学研究科准教授(第10章執筆)

吉村 作治(ヨシムラ サクジ)

サイバー大学学長(コラム④「エジプトビールの原風景」執筆)

渡部  武(ワタベ タケシ)

東海大学文学部特認教授(第2章執筆)

上記内容は本書刊行時のものです。

目次

口絵  

はじめに  

序章 麦の風土(佐藤 洋一郎)  
 1. 麦のいま  
  世界におけるムギの生産 /ヨーロッパにおけるムギの分布 /ムギの分布と「風土」 /
  気候区分とムギ 
 2. 麦の風土とその歴史性  
  ムギの起源地 /砂漠の風土の歴史 /穀類と文明・風土 /インディカのコメとパンコムギ /
  風土と食 /食の骨組み /麦の風土と農業 

第Ⅰ部 麦学入門
第1章 「ムギ」とは何だろう(河原 太八)  
 1. 栽培植物とその呼称  
 2. 麦(ムギ)  
 3. 雑穀  
第2章 ムギを表す古漢字(渡部 武)  
 1. 作物名を表す古漢字の同定問題  
 2. 『説文』にみられるムギを表すふたつの漢字「來」と「麥」  
 3. 出土古文字資料からみたムギ  
 4. 外来作物としての中国のムギ  

第Ⅱ部 畑作農耕の始まりと麦の起源
第3章 染色体数の倍加により進化したコムギ(森 直樹)  
 1. 多様なコムギのゲノムと倍数性  
  コムギとその仲間について /染色体とDNA,遺伝情報 /ゲノム説 /
  コムギにみられる倍数性と4つのグループ /同祖ゲノムと同祖染色体 
 2. ヒトが関与したコムギの倍数性進化  
  コムギ属植物の進化の概要 /人が関わってうまれた栽培種 /
  ムギ農耕の拡大と普通系コムギの誕生 /コムギはいつごろうまれたのか 
 3. 栽培コムギの起源をめぐって  
  一粒系コムギ /二粒系コムギ /DNAからみたエンマーコムギの起源 /
  謎が多いチモフェービ系コムギ /普通系コムギのDゲノムについて /普通系コムギのふるさと 
コラム① ゲノム分析(辻本 壽)  
第4章 考古学からみたムギの栽培化と農耕の始まり(丹野 研一)  
 1. 狩猟採集の時代――農耕以前  
 2. 農耕開始の地理的な背景――多様な環境  
 3. 農耕の開始と植物利用の変化 
 4. 植物の栽培化とは  
 5. 新石器時代PPNB期までには植物は栽培化されていた  
 6. 農耕起源は北レヴァントと断定していいのだろうか?  
 7. 遺跡出土ムギの栽培型と野生型  
 8. ムギのドメスティケーション研究  
 9. 栽培化にはどれくらいの時間がかかったのか   
 10. 遺跡から出土した穂軸によるコムギ栽培化のプロセスの解明  
第5章 西アジア先史時代のムギ農耕と道具(有村 誠)  
 1. 時代背景  
  栽培植物の出現前夜―旧石器時代末期(紀元前12500~10000年) /
  栽培植物の出現―新石器時代(紀元前10000~6000年) 
 2. ムギ農耕に関わる道具・設備  
  耕起具 /収穫具 /脱穀・籾摺り /製粉具 /調理の道具・設備 
 3. 西アジアにおけるムギ農耕の定着  
コラム② 農耕/ヒト/コトバ(河原 太八)  

第Ⅲ部 シルクロードを伝わった麦たち
第6章 コムギが日本に来た道(加藤 鎌司)  
 1. 日本におけるコムギの歴史  
  コムギ栽培の現状 /コムギ栽培の歴史 /江戸時代までのコムギ品種 /
  エゾコムギ――北海道の古代コムギ 
 2. 世界的にユニークな日本のコムギ  
  春化――ムギ類の越冬戦略 /日長反応性――もうひとつの越冬戦略 /
  日本の栽培環境で選抜されたユニークなコムギたち 
 3. 東アジアのコムギのルーツ  
  中国への伝播経路に関する諸説 /ネクローシス遺伝子の地理的分布 /
  鍵を握る東アジアのコムギ遺伝資源 /伝播経路解明のための新たなアプローチ /
  東アジアへのコムギの伝播と適応 
 4. 中国雲南省のムギ類遺伝資源調査  
第7章 シルクロードの古代コムギ――新疆小河墓遺跡のコムギ遺物(西田 英隆)  
 1. 新疆 
 2. シルクロード  
 3. 小河墓遺跡  
 4. 遺物DNAの特徴と解析  
 5. 小河墓遺跡のコムギDNAの解析  
第8章 オオムギの進化と多様性(武田 和義)  
 1. 多様性の成因  
 2. オオムギ属の野生種  
 3. ユーラシアの東と西で違うオオムギ  
  脱粒性遺伝子の東と西 /条性遺伝子の多様性 /皮・裸性遺伝子 /
  渦遺伝子の起源と分布 /東アジアに特有のモチ性遺伝子 /
  ダイアジノン感受性遺伝子の地理的分布 /フェノール酸化酵素遺伝子 
 4. オオムギの適応に関わる遺伝子の多様性  
  春・秋播型の遺伝的分化 /休眠性遺伝子 
 5. おいしいビールづくりに適したオオムギ  
  ビールとβ-アミラーゼ遺伝子 /LOX遺伝子,不老ビールの夢 
第9章 コムギ畑の随伴雑草ライムギの進化(辻本 壽)  
 1. ライムギという植物  
 2. ライムギは雑草だった  
 3. ライムギの起源地  
 4. アルメニアのライムギの生態  
 5. 東アジアのライムギ  
 6. ライコムギ  
第10章 エンバクの来た道(森川 利信)  
 1. エンバクとはどのような植物か?  
 2. エンバクの起源と栽培化  
 3. 東アジアには固有の栽培型エンバクがある  
  ユーマイ(ユー【くさかんむりに攸】麦)とは /ユーマイの特徴であるエンバクの裸性とは /
  裸性エンバクの分類 /裸性の遺伝様式 /裸性エンバクの起源と欧米への導入 
 4. エンバク属植物の起源を辿る調査旅行  
  モロッコのエンバク /エジプトのエンバク /チュニジアのエンバク 
 5. おわりに  
第11章 ムギと共に伝わったドクムギ(冨永 達)  
 1. ドクムギは雑草である  
  農業生態系における雑草 /雑草の擬態 
 2. ドクムギの起源と伝播  
  ドクムギは「作物になれなかった雑草」 /随伴の歴史 /ドクムギの日本への渡来 
 3. 世界のドクムギ――フィールド調査の記録から  
  ドクムギを求めて /ドクムギはどこで起源したのか /
  ドクムギの有芒型と無芒型――エチオピア・マロでの事例 /イランのドクムギ 

第Ⅳ部 現代人と麦
第12章 フィールドからみた世界のパン(長野 宏子)  
 1. コムギの利用と世界のパン  
 2. なぜ,ムギは粉食となったか?  
 3. パンとはなんだろう  
 4. 世界の無発酵パンと発酵パン  
 5. パンの起こし種(スターター)と微生物  
 6. フィールド写真からみるパンの焼き方  
 7. 現代のパン製造法と焼き窯  
 8. 世界の多種多様なパン  
 9. ムギと人びとの暮らし  
コラム③ 日本での麺類の起源と歴史(加藤 鎌司)  

第13章 日常の生活が育んだ在来コムギの品種多様性――難脱穀性コムギの遺存的栽培と伝統的利用をめぐって(大田 正次)  
 1. 栽培一粒系コムギとエンマーコムギ  
  古いコムギとの出会い /名前を失くした「作物」――植物としての遺存 /
  名前をもち「生きた作物」として栽培され続ける /一粒系コムギとの思わぬ出会いと麦わらの利用 /
  スーパーマーケットに並んだ一粒系コムギ /食用としてのエンマーコムギの栽培 
 2. スペルタコムギ  
  失われつつあるイランのスペルタコムギ /スペイン北部における栽培と利用 /
  中央ヨーロッパのスペルタコムギ栽培 
 3. 日常の生活が育んだ品種の多様性  
コラム④ エジプトビールの原風景(吉村 作治)  

第Ⅴ部 消えゆく麦の多様性
第14章 麦の多様性と遺伝資源(河原 太八)  
 1. 栽培植物と遺伝資源  
  近代育種と遺伝的侵食 /遺伝資源 
 2. コムギの多様性と遺伝資源  
  コムギと近縁種 /在来系統 
 3. 収集と保存,利用  
  遺伝資源の探索・収集 /遺伝資源の保存 /国際条約 /植物の収集 /日本に持ち込むとき 
 4. イスラエルでの遺伝資源収集  
第15章 自生地保全の試み(笹沼 恒男)  
 1. ムギ類の系統保存  
 2. シリアにおけるムギ類の多様性と自生地保全の取り組み  
 3. シリアの在来品種  
 4. 日本における在来コムギ品種の保全  
 5. 日本に自生する野生ムギ類とその自生地保全  

引用・参考文献  
おわりに  
事項索引  
作物(植物)名索引  
学名索引  


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