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保田龍門・保田春彦 往復書簡 1958-1965

保田龍門・保田春彦 往復書簡 1958-1965

A4判 472ページ
価格:20,900円 (消費税:1,900円)
ISBN978-4-86463-011-5 C3070
奥付の初版発行年月:2013年12月 / 発売日:2013年12月中旬

内容紹介

保田春彦のパリ留学を機にかわされた父・龍門と父子二代にわたる彫刻家の私信236通を収録する往復書簡集。1921年パリ。グランド・ショミエール美術研究所でアントワーヌ・ブールデルについた龍門。37年を経て、同じ研究所でオシップ・ザッキンに師事する春彦。40代半ばにして中央を離れた彫刻家として訥々と生きる父、30代にしてヨーロッパで彫刻家デビューをはたす息子。戦後現代美術の彫刻界を描く史料としての価値をもつとともに、春彦とイタリア人女性シルヴィアの恋愛をめぐる普遍的な家族のあり方、芸術家としての生を余すことなく描く。

*全9章(書簡236通)+スナップ、作品写真収録
*解題:酒井忠康(世田谷美術館館長) 
*年譜:寺口淳治編(広島市現代美術館副館長)
*ブックデザイン:白井敬尚形成事務所

著者プロフィール

保田 龍門(ヤスダ リュウモン)

1891年和歌山県那賀郡龍門村(現紀の川市)に生まれる。1912年、東京美術学校本科西洋画科入学。17年卒業、院展に出品、文展で卒業制作「母と子」が特選となる。21年パリ、グランド・ショミエール美術研究所に入所、アントワーヌ・ブールデルに師事。23年10月帰郷、西村伊作設計のアトリエを建てる。北淳子と結婚(のちに二男三女をもうける)。39年、和歌山県庁壁画レリーフ。53年、和歌山大学教授に就任、54年、紀陽銀行本店レリーフ、56年、和歌山大学定年退職。名古屋市平和堂立像、壁画を手がけ、65年、「南方熊楠」(未完)を遺し、逝去(73歳)。

保田 春彦(ヤスダ ハルヒコ)

1930年和歌山県那賀郡龍門村(現紀の川市)に生まれる。52年、東京美術学校本科彫刻科を卒業。57年、第42回院展に「伝説」を出品、奨励賞(白寿賞)受賞、翌年パリ留学。グランド・ショミエール美術研究所に入所、オシップ・ザッキンに師事。シルヴィア・ミニオ・パルウエルロと60年に結婚(のちに二女が生まれる)。68年、帰国。翌年より武蔵野美術大学専任講師となり、2000年の教授退任まで後進の指導にあたりつつ作品制作を続ける。代表作に「アンテ・スパツィー・エタテム後期」(東京国立近代美術館)、「聚落を囲う壁I」(第26回中原悌二郎賞受賞)など。

上記内容は本書刊行時のものです。

【本書の特徴】
① 龍門と春彦は書体を変えて構成
② 柱には書き手と年月日を記載、書簡に連番を付し、やりとりをわかりやすく
③ 春彦のフランス留学を機に交わされた書簡の数々。書簡や消印などをもとに発信地を記した
④ 書簡を読み解くにあたり、必要な人物関係などを註に付した
⑤ 家族のスナップ、作品など100点余の写真を収録。初めての個展など春彦作品、多数掲載
⑥ 春彦自身による写真解説文

目次

第1章 1958年1月から4月
第2章 1958年5月から12月
第3章 1959年2月から7月
第4章 1959年8月から12月
第5章 1960年1月から12月
第6章 1961年1月から12月
第7章 1962年1月から12月
第8章 1963年1月から12月
第9章 1964年1月から65年2月
 解題 酒井忠康
 年譜 寺口淳治編
 保田家家系図


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