本書は10ー16世紀の中世ベルギー地域において,どのようにして領邦としてのアイデンティティが生まれるに至ったかを明らかにする.世俗諸侯のもとに都市社会が形成されるとともに,「修道院」から「都市」へと中心が移っていく.領邦地域の人々のもつ歴史意識の変化に目を向けながら,歴史叙述とは何かを問いかける.
青谷 秀紀(アオタニ ヒデキ)
清泉女子大学文学部専任講師
1972年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。京都大学博士(文学)。主要著訳書に,『紛争のなかのヨーロッパ中世』服部良久編訳(京都大学学術出版会,2006年),「中世ヨーロッパの修道院建立伝説」『アジア遊学』115号(2008年),「プロセッションと市民的信仰の世界― 南ネーデルラントを中心に―」『西洋中世研究』第2号(2010年),「顕現する天上都市,遍在する永遠の都 ―中世後期南ネーデルラントの宗教儀礼と都市の聖地化―」藤巻和宏他編 『聖地と聖人の東西 ―比較起源(縁起)論への階梯―』(勉誠出版,2011年刊行予定)など。
目次
序
第一部 中世歴史叙述研究とベルギー史学の現在
第一章 歴史叙述研究の動向と問題の所在
はじめに
一.歴史叙述と歴史認識
二.理念史から記憶の歴史学へ
三.修道院歴史叙述から領邦史へ
四.本書の課題
おわりに
第二章 ベルギー史学と文化史研究
はじめに
一.一九世紀ベルギー史学と中世の歴史叙述
二.ピレンニスム・ナショナリズム・社会経済史
三.フラマン・ナショナリズムと学術動向
おわりに
小 括
第二部 中世初期~盛期フランドルにおける歴史叙述の展開
第一章 一〇世紀フランドルの歴史叙述とその霊的機能
はじめに
一.一〇世紀のフランドルと歴史叙述
二.証書利用とその傾向
(一)証書と支配家系
(二)聖人伝としての『事績録』
(三)カロリング家の肖像
(四)墓所としての修道院
三.聖遺物と修道院の霊的権威
おわりに
第二章 シャルル・ル・ボンの暗殺と一二世紀フランドルの歴史叙述
はじめに
一.暗殺の事件史
二.“殉教する君主”シャルル像の政治社会的機能
三.“殉教”と「正義」の支配
四.シャルルの政治的実践と「公共の福利」観念
五.“殉教”と思想史的転換
おわりに
小 括
第三部 中世盛期ブラバントにおける歴史叙述の伝統
第一章 一二世紀ブラバントの修道院建立譚と典礼的世界観
はじめに
一.アフリヘム修道院と歴史叙述
二.修道院の記憶と歴史叙述
(一)『編年誌』第一部
(二)『年代記』第一部
(三)『編年誌』第二部
(四)『年代記』第二部
(五)『年代記』第三部
三.アフリヘムの典礼世界と歴史叙述
おわりに
第二章 一三世紀ブラバントの系譜的歴史叙述と民族意識
はじめに
一.ブラバント歴史叙述の誕生
(一)『家系譜』の出現と事件史
(二)『家系譜』の構成と意味
二.ブラバントにおける歴史叙述・出自神話・民族意識
(一)共同体としてのブラバント
(二)ブラバントにおける出自神話の発展
(三)『ブラバント公列伝』と民族的歴史叙述の完成
おわりに
小 括
第四部 中世後期南ネーデルラントの歴史叙述と歴史文化
第一章 君主の記憶と都市の記憶
―フランドルの都市建立伝説とアイデンティティをめぐる闘争
はじめに
一.中世後期フランドルの歴史叙述
二.フランドル伯と出自神話
三.都市の建立伝説
四.建立伝説の読み替えと記憶のアプロプリアシオン=横領
(一)シント・バーフの歴史叙述と君主の表象
(二)都市建立者から征服者へ
おわりに
第二章 歴史叙述における「中世」の終焉
―一六世紀前半ブルッヘの歴史文化をめぐって
はじめに
一.一五一五年の周辺で―修辞家と歴史文化
二.一五三一年のあと―出版・検閲と“窮屈な知”の創出
おわりに
小 括
結 論
あとがき
参考文献
註
索 引