「はじめに」より

認知症に関する本はたくさん出版されているが、最近は「医者は必要ない」「薬を使ってはいけない」とか、「○○運動だけで認知症が予防できる」といった本が売れるそうだ。
多くの薬を出すだけで、自分の病状を真剣に診てくれない医師に不満を持ち、「薬なんて害になるだけだ！」と思っている人にとっては、「薬を使わなくても認知症は治せる」といったフレーズは、福音に聞こえてしまうのかもしれない。
しかし、どんな病気であっても、薬は病気に対する治療法の一つとして必要なものだと私は思う。それは、私が薬学の専門家で、医薬品開発を肯定的に推進すべき立場にあるからではない。

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認知症が何か特定の食べ物をとるだけで改善したり、簡単な運動や作業をするだけで予防できたりするという話も、たくさん出回っている。独自のアイデアを本に記して出版している方もいらっしゃるようだが、それらの情報は、「必ずしも一般に認められているものではない」ということを知っておいてほしい。確かに効果を実感できた人もいたのかもしれないが、他の人が同じように試しても、同じように効くとは限らない。

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残念ながら、認知症を確実に予防、あるいは治療できる方法は、まだ確立されていない。認知症のご家族をお持ちの方、近い将来認知症になるのではないかという不安を抱えている方にとって、単純明快で、簡単にできそうに思える予防法や改善法の話を聞くと、とびつきたくなる気持ちは理解できる。ところが、知れば知るほど、認知症はそんな単純なものではないことがわかってもらえるはずだ。
私たち人間は、生き物である以上、まったく老化しなかったり、一つも病気にならずに永遠に生き続けたりできる人はいない。「認知症にはなりたくない」「治らないと不幸」とばかり考えないで、万が一なったとしても、認知症とどう向き合い、受け入れ、付き合っていくかをしっかりと考えることが大切なのではないだろうか。そのために大切なのは、認知症を「正しく理解する」ことである。