製作の現場から
20 鈴木さんちのつとむ君
▼あいも変わらずブランドもののバッグがはやっている。値段が高いだけあって、縫製や材質には「さすが」と思わせられるのだが、デザイナーのイニシアルやメーカーのロゴを臆面もなく地紋にあしらったデザインには抵抗がある。BOSSやMALT'Sのブルゾンやスタジャンの方が、宣伝の意図がはっきりしているだけに、むしろカッコイイ。
▼とはいえ一流のデザイナーの手になる商品であれば、どこかに名前が記されているのは常識だ。ドレスならば襟の裏に、スーツならば胸ポケットの裏あたりに、Hanae MORIMORIとか、KANTO Yamamotoなどのラベルが縫いつけてある。
▼例外はある。印刷書体(フォント)がそうだ。書物の奥付を見てほしい。著訳者・編者、発行所・発行者、印刷所・製本所に加えて、装幀者や用紙までが記されていることはあっても、使用した書体についての記述は滅多にない。たまにあっても、その書体のデザイナーの名前が記されていることはない。
▼場合によっては装幀やレイアウト、組版の巧拙よりも、使用したフォントが書物の第一印象を決めてしまうことがあるにもかかわらず、それが現実だ。
▼活版からCTSやDTPへの移行に際して、出版界ではさまざまな抵抗があった。その抵抗の多くは、よくいわれる問題、たとえば活版と平版の印刷面の、凹凸のあるなしの違いなどよりも、新しいシステムが使用するフォントへの違和感に起因していたのではないかと、僕はひそかに思っている(石井明朝とモリサワ細明の責任は大きい)。
▼デザイナーの名前が表に出ることが少ないから、読者はもちろん、著者も編集者も、デザイナーの個人名を意識することはない。石井明朝やアドビの小塚明朝など、制作者の名前を冠したフォントは例外的な存在といえよう。僕自身、これまで書体と制作者が結びつくのは、タイポスの桑山氏ぐらいなものだった。
▼ここに一冊の本がある。鈴木本制作委員会編『鈴木勉の本』(字游工房刊・非売品)、A5判・上製糸綴・布装・280頁、厚手だがしっとりした手触りの本文用紙を使い、平野甲賀氏が装幀した立派な本だ。フォントデザイナー鈴木勉氏の作品の成り立ちを第一部に、さまざまな人たちによる追悼文が第二部に配され、第三部には鈴木氏が代表取締役を務めた字游工房十年の歩みが綴られている。
▼一読して驚いた。僕がカバーやオビに多用してきたスーシャは鈴木氏のデザインだった。写研のシステムを使用するかぎり二者択一に近いとはいえ、石井明朝が嫌いなため本文に一貫して使用してきた本蘭明朝は、仮名は橋本和夫氏だが、漢字は鈴木氏を含むチームによってデザインされ、そのファミリー化にも鈴木氏が関わっている。広告に多用してきたゴナは中村征宏氏のデザインだが、ファミリー化のまとめ役は鈴木氏だった。さらに最近では、一度使ってみたいと思っているヒラギノ明朝制作チームのまとめ役でもあったという。ヒラギノは、実質的には鈴木氏のデザインと言っていいのだろうし、商品化した大日本スクリーン製造でも「鈴木勉デザイン」として売り出したかったらしい。にもかかわらず、鈴木氏はそれを頑なに拒否したという。アパレル関係の出しゃばりデザイナーとは大違いだ。
▼もちろん僕は、鈴木氏と一面識もない。しかし、この本を読んでいるうちに、何だか幼なじみのような気がしてきた。鈴木氏を知らなくとも、氏が生み出してきたフォントとは、もう長いつきあいになる。失礼を承知で書かせて貰おう、「鈴木さんちのつとむ君」、ご冥福を祈ります。
▼なお、このコラムには、平成明朝体W3を使用している。取引先のシステムとの関係、お金の問題等々で、必ずしも好きなフォントが使えるわけではないのが辛いところだ! (不穏徒)
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