製作の現場から
29 四六とB6 どちらがお好き?
■学生時代、デパートの寝具売り場でバイトをしたことがある。ある日、品のいいオバサンに声をかけられた。「これは四布半(よのはん)かしら、それとも五布(ごの)?」
――「なんのこっちゃい」という感じで返事ができないでいると、売り場主任があわてて飛んできて、応対を代わってくれた。どうやら(少なくとも当時)布団の規格は、使われた布の量が単位となっていたらしい。
■現在はどうなのだろうか。インターネットで検索してみると、この単位は今やほとんど使われていない。現在では、丈がほぼ10cm刻みで200〜230cm、幅はそれぞれの丈ごとに、シングル、セミダブル、ダブル、クイーン、キングの各サイズに分かれているようだ(そんなこと調べてどうする!)。
■布団はどうでもいい。書こうと思ったのは紙の規格のことだ。僕らはもちろん、紙の規格について、ある程度のことは知っている。まるで知らなければ仕事にならない。しかし、日ごろ書物に親しんでいるはずの著者は、意外にも判型についての知識を持っていない場合が多いようだ。手元に見本がない場合には、四六判はハードカバーの小説に多いサイズ、A5判はごく普通の研究書のサイズ、B5判は週刊誌のサイズなどと言い換えて説明する必要がある。
■僕らにしたところで、知っているのは実務に必要なことに限られる。しかも日本の規格についてだけだ。プリンタの書式設定でおなじみのレター、リーガルなどについては正確な寸法すら知らないし、なぜ四六判とB判、菊判とA判という似通った規格があるのかも謎である。
■ここに、1冊の抜刷があるので紹介しておこう。小林清臣氏の「紙の寸法規格とその制定の経緯について」(『百万塔』61号、紙の博物館発行、1985年)である。王子にある、新装なった〈紙の博物館〉の売店で購入することができる。
■この論文によれば、A列はドイツの工業規格(DIN)をそのまま採用したもので、A0は縦横比が1対ルート2、面積はちょうど1平方メートルとなる。B列も縦横比は同じで、B0の面積は1.5平方メートルとなるが、こちらは日本独自の規格で、ドイツのB列とはまったく異なるらしい。いずれにせよ、順次半裁にした仕上り寸法も縦横比は1対ルート2となり、これは黄金律に近い。合理的で計算しやすく、しかも美しいサイズとして採用されたようだ。
■しかし、A列はドイツの規格を採用しながら、なぜ、B列は独自の規格となったのだろうか。それは、江戸時代には徳川御三家専用であったが、維新後には庶民も用いるようになった美濃和紙のサイズと、活版印刷導入以来多く輸入されたクラウン四倍判に由来する四六判(四寸二分×六寸二分)がすでに普及し、親しまれていたためだという。つまり、B列は四六判に代わる規格として生み出されたのだ。
■だが実際には現在もなお、四六判は書籍のサイズの主流である。これは、なぜなのだろうか。合理性だけでは割り切れない、日本人独自の美意識が関係しているのだろうか。前号・前々号の「デジタル出版最前線」で電子ペーパーが紹介されていたが、厚みやバッテリーの問題をクリアした上で、縦横比や版面の位置など、美意識に関係した問題が論じられるようになって初めて、電子ペーパーも実用化の時代を迎えるのかも知れない。
■紙面の関係で紹介しきれないが、小林氏の論文には菊判やハトロン判の由来についても記されている。また、紙資源の問題から、変型判の流行や書式の国際化(A4統一)の風潮について疑問を投げかけてもいる。一読をお勧めしたい。
(規矩之助)
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