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製作の現場から
21 さまよえるDTP
▼異常気象などという言葉は、百年、二百年のサイクルを俯瞰して発言すべきことで、ここ数年を比較して暑いの寒いのと騒ぐのはおかしいのかも知れないが、それにしても、今年の夏は暑かった。そして大雨! 八月末の豪雨では、本号の編集担当である慶應義塾大学出版会の事務所が冠水した。心からお見舞い申し上げるとともに、緊急事態の中で本号を仕上げて下さった近藤幸子さんに感謝したい。
▼さて、以前この欄に、DTPについて書いたことがある。あれからもう5年が経った。今、DTPはCTS(電算組版)を凌駕する勢いを見せている。印刷機材の見本市に行っても、CTSの市場で最大のシェアを誇ったS社のブースには閑古鳥が鳴き、DTPソフトのトップメーカーであるA社のデモンストレーションは、黒山の人だかりを押し分けて前に出なければチラシすら貰えないほどだ。
▼5年前、すでにその傾向はあったし、今日のDTPの隆盛は十分に予想されることだった。しかしその方向は、残念ながら僕の期待とは異なっていた。
▼それは、活版からCTSへの移行の時と同様に、今回もまた印刷所主導の変革、あるいは、採算面だけを考えた変革にすぎないということだ。「印刷所のシステムが変わるんだから仕方がない」「出来は悪いけど、安いんだから、ま、いいか」という発想では、DTPの持つ可能性を引き出すことはできないだろう。
▼「編集者がDTPなどに関わるのは本末転倒だ」という意見は、耳にタコができるほど聞かされてきた。しかし、この意見の問題点は、編集者というものをきちんと定義していないことにある。確かに、企画専門、それ以外は何もしないという編集者であれば、この意見は正しいかも知れない。しかし少なくとも大学出版部の大半では、製作にも携わっている編集者の方が多いはずだ。この場合、DTPは確実に編集者の力となりうる。
▼原稿に赤字で指定を加える。それは、仕上がりのイメージをオペレーターに伝えるための一種の翻訳作業だ。複雑な場合には赤字の指定では足りず、営業マンに言葉で伝える。営業マンはオペレーターに伝える。DTPなら、そのような伝言ゲームを介さず、赤字を入れるのと同じ時間で、編集者のイメージを組版に反映することができる。
▼一冊丸々編集者が組まなくても、見本組の段階までを手掛けるだけでも意味はある。見本組をデータで渡せば、印刷所はそのスタイルを定義化して使用することができる(印刷所と同じソフトを使うことが前提だが)。さらに、ほんのちょっとでもDTPソフトに触れることによって、DTPの問題点も可能性も見えてくる。見えてくれば、出版社の側から、ソフトハウスに対して要望を提示することができる。DTPソフトがバージョンアップを繰り返しながら、とりわけ日本語縦組みに関して一向に改善されないのは、編集者、出版社、そして出版関連諸団体の無関心にも責任があると思う。
▼さらに、自社DTPのメリットは、データの保存と再利用にある。印刷所で組んだ場合、保存されるデータには著作権と出版権に加えて、印刷所の組版のノウハウが含まれているから、必ずしも出版社の一存で再利用することはできない。しかもCTSであれば、利用しようと思っても、たぶん役に立たない。それを組んだ特定のシステムで出力するしか方法がないからだ。
▼それに対して、DTPのデータを自社で持っていれば、オンライン出版やオンデマンド出版にも対応できる(著者の了解は必要)。最近話題の取次店や大手書店によるオンデマンドはスキャニングによる画像データを使用するようだが、これは過渡的な形態だ。将来に備えた、出版社自身によるデータの蓄積のためにも、DTPは大きな意味を持っている。(Desk Top Paranoia)
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