製作の現場から


26 上海のトイレで考えた



■書店で本を選んでいるときに、あるいは書店に入っただけでも、トイレに行きたくなるという人は結構多いらしい。どこかの雑誌はこの大問題(?)について特集を組んでいたほどである。
■実は僕もそうだ。しかも僕の場合、書店はもちろんだが、必ずしも書店には限らない。とりわけ腹の具合が悪いわけでもないのに、腸が突然に蠕動をはじめることは珍しくない。
■9月上旬に、「日本・韓国・中国 大学出版部協会合同セミナー」で上海に行ったときもそうだった。ファストフードの店に入り、トイレ(厠所)を貸してくれと頼むが、どうやら付属していないらしい。同行のO君が、「駅の近くに有料トイレがあったはずだ」というので、駅に向かう。情報は過たず、確かにトイレは存在した。しかも有料だけに、噂に聞く中国のトイレ事情とは異なり、清潔感のある建物なのでホッとする。
■中に入ると立派なカウンターがある。その奧には制服制帽の係官が2人、いかめしい顔つきで座っている。料金はわからないものの、とりあえず1元硬貨を出す。すると、係官が何やら大声で問いかけてきた。もちろん中国語はわからない。しかし事情が事情だけに必死になって聞き取ると、どうやら「貴君ガ催シタルハ大ナリヤ小ナリヤ」ということらしいのである。
■いささか恥ずかしいが、「我ハ大ヲセント欲ス…」と答えた。すると係官はおもむろにうなずき、手を差し出してきた。手の上にはトイレットペーパー。3つ折り15センチ、すなわち全長45センチである。どのような腹の状況であっても、これでまかなえということなのであろうか。もし失敗したら、それこそ「運の尽き」ではないか!
■なるほど、個室にはトイレットペーパーは装備されていなかった。後で聞いたところによれば、大は1元(15円)、小は5角(7円50銭)なので、係官としては紙を渡すかお釣りを渡すかで、何としても大小を明確にする必要があったのだ。
■用を済ませて気分が落ち着くと同時に、この国の紙事情について考えさせられた。書籍や雑誌の紙質が悪いことには以前から気づいていたが、どうやら紙資源の不足は、僕が考えていた以上に深刻なのだろう。
■今回の三カ国セミナーのテーマは「インターネットと伝統的出版」であったが、日本側参加者の多くが、インターネット出版に対する中国の突出した熱意を感じ取っている。そして、その理由として紙資源の問題と広大な国土における輸送の問題を挙げている(その点についてはセミナーの報告集“SHANGHAI 2001, TRIANGLE ADVENTURE”をご参照いただきたい)。
■考えてみれば、物価は日本の10分の1、給与水準にはそれ以上の開きがある国で、森林資源が不足しているからといって、高価な輸入紙をふんだんに使うなどということができるわけもない。ましてや中国の大学出版社が発行する教科書の部数は日本とは桁違いに多い。日本では組版代がネックとなるが、中国(特に教科書)の場合は現在でも、用紙代が原価の相当部分を占めているに違いない。
■よそ事ではないのだ。APECのホスト国となり、この原稿を書いている今日、WTO(世界貿易機関)にも加盟した中国がこのまま経済発展を続け、しかもインターネット出版に対する熱意が実を結ぶことなく熱意だけに終わり、紙の使用量が急増したなら、紙資源の問題は中国のみならず、「日本の」、そして「全世界の」問題となるだろう。「紙の本は永久に不滅です」などと言っていられなくなるのは、必ずしも遠い将来ではないのかも知れない。
(厠童子)



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